平成14年2月1日・初版 平成16年6月4日・改訂(扉絵を追加)

聖天使ミレイヤ・「正義のヒロイン参上!その名はミレイヤ!」/AK−3・著 (原案:悪の司令官)

イラスト:悪の司令官
 ここは東京近郊にある私立探偵事務所。所長の名は風下達也。 所長と言っても、部下がいる訳でもなく、実際には彼1人で探偵事務所を切り盛りしていたが、 最近は不況のあおりか、仕事もめっきり減り探偵だけでは食べていけなくなっていた。 そこで地元のミニコミ誌を編集することになり、取材記者兼、事務員として1人の女性を雇うことにした。 彼女の名前は奈緒美。彼女は日系二世で、フルネームを「松原・プリンス・奈緒美」という。 奈緒美は細身の体にも似合わず、人並み以上の体力の持ち主で、所長は予想以上の素晴らしい人材の獲得に 喜んでいた。 毎月10日に発行するミニコミ誌の名は、「タウン・ナビゲーター」。 地元の耳寄りな情報をナビゲートするという意味で名付けられた。この名付け親は奈緒美であった。 彼女は頭脳も明晰で、よく風下のピンチを救っていた。いつものごとく、月末近くは取材と編集で、てんてこ舞い。 奈緒美はここ1週間ほど一睡もしていなかった。 しかし、いつものように明るく、活発に風下のサポートをしていた。 早朝、風下が事務所に着くと、既に奈緒美は事務所内にいて、前日の取材のまとめを終わらせていた。 「あっ、所長。おはようございます。」 「えっ?あぁ…奈緒美くん、もう来ていたんだ。ずいぶん早いね。まさか、昨日もここに泊まったのか?」 「ええ、そうでもしないと、今月もギリギリになりそうですからね。今、お茶いれますね。」 「しかし、君のスタミナには、目を回すよ。恐ろしいぐらいの体力だね」 「いいえ、そんなことないですよ。学生のころから、レポートの提出で、いつもこんな感じでしたから、 慣れっこになっているんです。それに、昔から睡眠時間が短いので有名だったんですよ。」 「そうか。そうなんだ。奈緒美くん、おれは最後の追い込みで事務所に残るから、取材をたのむね。 ただ、困ったことに、矢切の資料館の館長さんと、柴又の団子屋の取材の時間が近いんだよ。大丈夫かな?」 「ええ、大丈夫だと思いますよ。今日は車を使わないで、電車で移動しますから。 月末で道路も混んでいそうですからね。それにあそこなら電車で1駅ですから問題ないですよ。」 「うん、そうかわかった。すまんが、たのむね。」 「はい、それじゃあ、行ってきまぁーす!」 奈緒美は、いつものごとく明るい声で事務所を出て行った。しかし、きょうの服装は風下が一緒のときとは違っていた。 風下が一緒のときは、女性らしさを意識してか、スカート姿が多いが、きょうはパンツスーツである。 パンツスーツといってもの、むしろスパッツに、スニーカーという着こなしであった。 この真冬の寒さの中で、以外にも彼女はコートを着ていなかった。 「さあ、きょうは気合を入れて取材をしないと、時間が間に合わないわ。ちょっと、急ごうかしら。」 そう言うと彼女は、身も凍る寒さの中、驚く事にジャケットを脱ぎ、デイパックに入れてしまった。 その姿はまるで、市民ランナーの通勤姿であった。そして、目にはスキーで使うゴーグルを装着した。 「さあ、行くわよ」 奈緒美は、そう言うと一気に駆け出した。事務所の細い路地を抜け大通りに出るとさらに加速した。 その速さは、通りを走る車を追い越す勢いであった。都心とは反対の方向なので道路は空いている。 時速80km以上は出ているであろうか。 「な、なんなんだ?ありゃ?」 奈緒美に追い越されて目を白黒させる、トラックの運ちゃん。 「あ、ここね。最初の取材場所は。ちょっとこのままじゃ、いけないわね。着替えないと…」 奈緒美は、資料館の前の公衆トイレで、パンツスーツに着替えていた。 「さあ、取材、取材。」 そのときである。資料館の駐車場に止めてあったホコリだらけのワゴン車の下に、ボールが転がって行くのが見えた。 そして、追いかけてきた子供が這いつくばり、手を伸ばして取ろうとしたが、届かず困り果てていた。 「ぼく、どうしたの?」 車の下を覗き込む子供に声をかける、奈緒美。 「おねえちゃん、車の下にボールが入っちゃったんだ。それにこの車、故障してて動かないって、 前におじさんが言ってたし…。どうしよう。ボク、お兄ちゃんに怒られちゃうよぉ。」 そう言いながら子供は泣き出してしまった。 「ぼく、お姉ちゃんがボール取るの手伝ってあげようか?ちょっと待ってね。」 そう言うと、奈緒美はスーツの袖をまくり上げ、両手でワゴン車の端に手を添えた。 「ヨイショっと!」 奈緒美はワゴン車の片側を軽々と持ち上げてしまった。 「さあ、お姉ちゃんが車を持ち上げているから、ボールを拾ってきて。」 子供は慌ててボールを拾いに行き、戻ってくると目をキョトンとさせて、奈緒美を見ていた。 「ボク、ボール取れた?」 「うん!」 ボールを手にした子供の姿を確認した彼女は、静かにワゴン車を降ろした。 「どうしたの?お姉ちゃんの顔になんかついてる?」 「…。おねえちゃん、ありがとう」 子供は、ボールを手に持って、館長のところへ走って行った。 奈緒美は子供のあとに付いて行った。 「こんにちは、タウン・ナビゲーターの松原です。きょうはお世話になります。」 名刺を差し出し、館長に挨拶をする奈緒美。 「あ、あなたが、取材の担当の方ですか。私はてっきり、編集長の風下さんが来ると思っていましたよ。」 「編集長も何かと忙しい方ですので、私がお手伝いする事になりました。」 「そうでしたか。で、今日の取材って例の隕石の話ですか?」 「ええ、そうなんです。よろしくお願いします。」 ここ、矢切の郷土資料館には、地球上には存在しない物質の石があり、非公開ではあるが、近年その存在価値が 世界的に注目されているのであった。この石は鉄道建設の際、建設現場から発掘されたもので、科学的解析の結果、 恐竜時代に飛来した隕石であることが判明した。 部屋の片隅に置かれているショーケースに近寄る艦長と奈緒美。 「これが、例の隕石ですか?」 「はい、そうです。この隕石にある物質の決めてになったのが、微量に放射されている放射能らしいんですよ。 自分は科学には疎いものでよくわからないんですがね。まぁ、人体には影響のない放射能なので、このように 普通のショーケースに入れて保管しているんですが」 しかし、地球人ではない奈緒美にとってはこの放射能の影響は、はかりしれないものであった。 館長の話を聞いていた奈緒美はソファーにうずくまってしまった。 「あ、松原さん、だいじょうぶですか?」 「ええ、すみません。ここ2,3日寝不足で…。貧血を起こしたみたいです。」 「ほほう、それは大変ですね。少し休んでいってはいかがですか?」 「いいえ、もう、だいじょうぶです。すみません。ご心配を掛けて…。そろそろ、次の取材があるので、 この辺で失礼させていただきます。この隕石の記事が掲載される号は、こちらからお送りさせていただきます。」 「そうですか、ただ、この隕石のことは、まだ一般公開をするのを禁止されているので、今回は申し訳ないのですが、 掲載をしないでいただけますか。まだ、この隕石については研究の余地があるらしいので、近いうちに研究所に送ることに なっているんですよ」 「そうなんですか。それは残念ですね。わかりました。うちの風下にも、その旨を伝えます。 それでは、今日はありがとうございました。」 まだ、意識が朦朧としている奈緒美だが、資料館を出ると、いや、隕石の場所から離れると、普段の元気な奈緒美に 戻っていた。 「どうやら、隕石の放射能は私にとって有害物質みたいね。気をつけなくちゃ。さあ、次は柴又の団子屋ね。」 駅に着いた奈緒美。時刻表を見ると、電車は行ってしまったばかり… 「う〜ん、行っちゃったばかりね。次の電車は…。」 「あ、いま行っちゃったばっかりみたいですよ。ここは昼間は20分に1本しか電車がないんですよね。」 「え゛〜、20分もまつんですか!こまっちゃったなぁ。すみません。ありがとうございます」 駅で奈緒美とおなじように電車に乗り遅れてしまったサラリーマン風の男。奈緒美の美貌に思わず、 声をかけてしまったようであった。 奈緒美は次の取材地の団子屋までの地図を広げていた。 「ここからじゃ、車だと一度、松戸まで出ないと橋がないのね。約束まで10分しかないし、困ったわね。 あ、いいこと思いついたわ。こうなったら奥の手ね。川を挟んで反対側なら、近道があるわ」 そういうと、奈緒美は江戸川の河原まで駆け出しいた。 「さあ、このへんが一番近そうね。」 そう言いながら奈緒美はあたり一帯に誰もいないかを確かめるように見回していた。 「さあ、行くわよ。エイッ!」 奈緒美は、2,3歩助走をして反対側の河原まで飛び越えていたのであった。ストン! 「着地成功ね。あ、ここだわ。なんとか間に合った…」 団子屋の主人に挨拶をする奈緒美。 「こんにちは、先日取材をさせていただいた、タウン・ナビゲーターの松原です!」 「あ、この前のお嬢さんだね。ごくろうさま。」 「先日は手違いで、すみませんでした。今日は写真だけ撮らせていただけますか?これで今月の表紙が飾れそうです」 「へぇー。うちの団子が雑誌の表紙ですか。いやぁ、ありがたいですね」 奈緒美が店頭で何種類もの団子の写真を撮り続けていると、団子屋に一人の客が現れた。 さっき、奈緒美が矢切の駅で会ったサラリーマンだった。 「すみませーん。この3色団子の500円の奴ください。あれっ?、あなた、さっき駅であった方ですよね。 どうやってここまできたんですか?」 「ええ、途中で知り合いに会ったんで、車に乗せてもらったんですよ。その人、この辺の裏道を知っているんで、 以外と早く着いたんです」 「う〜ん、おかしいなあ。あそこからだったら、車でも30分はかかるはずなんだけどなぁ。」 「あれ、ダンナ、この人知っているんですか?」 「いや、さっき矢切の駅でみかけたんですけどね。」 「いや、人違いでしょう。この人は、もう10分も前にここにいましたからねぇ。へい、毎度ありぃ〜」 サラリーマンの話を聞いてまじまじと奈緒美を見る、団子屋の主人。 「へぇ、もしあのダンナの言うことが本当なら、あんたはスーパーガールなんだね。矢切の渡しもひとっとび!ってか」 「もう、ご主人、ジョウダンはよしてくださいよ!あ、写真ありごとうございました。」 「よかったら、お土産に持っていくかい?仕事でメシもロクに食っていないんだろ。所長さんによろしくな。」 「いいえ、こちらこそ、ごちそうさまでした。それでは、これで失礼します。」 奈緒美は、まだ資料館の隕石の後遺症が残っていたのか、疲れを感じ、事務所へは電車で戻っていった。 奈緒美の人とは思えない行動力で取材を乗り切り、なんとか締め切りに間に合った。 事務所で、一息をつく風下と奈緒美。 「よし!これでなんとか形になったぞ。奈緒美くんご苦労様。これから軽く打ち上げでもやるか?」 「ええ、そうですね。たまには息抜きをしないと。それにきょうは一年分の取材をした気分ですよ。」 駅前の居酒屋で、ささやかな打ち上げをする2人。風下も酔いが回ってきたのか、いつよりも饒舌になっていた。 「しかし、きみの体力と行動力には目を回すよ。まるでスーパーガールだ。まさか取材のときに空を飛んで 移動なんかしていないよね。そのブラウスの下にはSのマークが入っているんじゃないの?」 「もう、所長、それじゃあ綿辺さんのコラージュじゃないですか。ジョウダンはよしてくださいよ。 今日は、だいぶご機嫌ですね。でも、残念ながら私はスーパーガールなんかじゃありませんよ。 さあ、もうそろそろ行きませんか?明日もあることだし…」 「そうか、でも、きみの正体はいずれ暴いてやるぞ!…うっぷぅ〜☆」 「もう、所長!行きますよ!しょうがないなぁ。正体がないのは、所長ですよ」 お勘定を済ませ、居酒屋をでる2人。風下はだいぶ酔っているらしく、足元がフラついていた。 ”ドン!” 風下はチンピラにぶつかってしまった。 「コラ!オヤジ!どこ見て歩いてんだよ!いてぇじゃねぇか!この野郎!」 酔いも頂点に達していた風下は気持ちも大きくなっていた。 「な、なんだと!こここ、のやろー!そそそ、そっちこそ、どどど、どこ見てんだよ。」 「なんだと、てめぇ、ボコボコにされてぇのか!」 「うるせー!こっちにはスーパーガールがついているんだぞ!おまえらこそ、ぼぼ、ボコボコにされてーのかよ!」 見るに見かねた、奈緒美はチンピラにあやまった。 「すみません。この人ちょっと、酔いがヒドイみたいなんです。あのぉ、私でよかったら、相手になりますけど…」 「ほほ〜、おねえちゃんが相手ねぇ。俺たちがいい思いをさせてあげようか?」 酔っていながらも、奈緒美を守ろうとする、風下。チンピラにかかって行ってしまった。 「てめぇーー!おれの女に手を出すんじゃねぇぞ!」 「なんだとこの野郎。」 ”ボコ!ボコ!ガン!” 「う〜ん……」 風下は、チンピラに殴られ、頭を階段の手すりにぶつけてしまい、気を失ってしまった。 「さぁ、こんどはお姉さんの番だよ。ここじゃ、一目につくから、こっちに来な!」 店の前はこの騒ぎで人だかりができていた。奈緒美にすれば、こんなチンピラ、アッという間に片付けるのは朝飯前だが、 ここはひきさがった。 「こんな、やつら簡単にやっつけるんだけど、ここでは我慢するしかなさそうね…」 チンピラたちは奈緒美をビルの裏手に連れ出した。 「ここなら誰もいないわ。いまがチャンス」 「へへへ。お姉ちゃん、身体の割りにはいい胸してるねぇ。おれたちにその胸を見せてよ。」 奈緒美はとっさに、足元にあった鉄棒を拾い上げた。 「お!これで俺たちをやっつけようってか?元気のいいお嬢さんだね。やさしく声をかけていれば、 いい気になりやがって!酔っているからっていい気になるんじゃねぇぞ!このアマ!」 「あんたたちこそ、だまっていれば、いい気になって。私が怒ると、こういう風になるわよ」 そう言いながら奈緒美は鉄棒をアメのようにねじ曲げて見せた。 まるで知恵の輪のように曲がった鉄棒をチンピラに渡すと、今度は配電盤を叩いた奈緒美。 ”ドン!” 配電盤には奈緒美の手の跡がクッキリ残っていた。奈緒美の平手打ちで配電盤がへこんでいたのだ。 「うわぁ、この女、バケモノだぁ!」 チンピラたちは、奈緒美の怪力に驚き、逃げ出してしまった。 一方、気絶していた、風下は騒ぎに目を覚まし、奈緒美の姿がないのに気付いた。 「あれ、奈緒美がいない…」 すると、ビルの裏手から、さっきのチンピラが逃げ出してきた。なかには半ベソの男もいる。ほどなく、奈緒美が現れた。 「あ、奈緒美くん、大丈夫なの?」 「あ、所長。私はこのとおり無事ですよ。所長の声で、あいつらビビッたみたいでしたよ。 それに通りがかりの人が助けてくれて…」 「あぁ、奈緒美くんが無事でよかったよ。さぁ、きょうはこれでお開きだ。」 「所長、さっき、頭をぶつけたみたいですけど、だいじょうぶですか?」 「ああ、だいじょうぶさ…。いててて。」 「私が所長の家まで送りますよ。」 「いいよ、きみこそ夜道の美女の一人歩きは、気をつけてね。それじゃ、おつかれさま。」 雑誌の発行も無事間に合い、ホッと一息をついていたある日の事務所。風下は昔からの親友、木野原、綿辺と 遅くまで飲んでいたらしく、二日酔いのようであった。 「所長。そろそろ、お昼にしませんか?」 「あれ?もう、こんな時間か…。きのうは少し飲みすぎたみたいだなぁ。うー、気持ちわるぅ。おれはパンでいいや。 たしか冷蔵庫にジャムがあったはずだから、それをつけるかな。」 「所長。また飲みすぎですか?また、例の2人といっしょですか?ゆうべ、遅かったみたいですね。」 「あれ、なんで、君が知っているの?あ、そうか。きみも途中までいたんだっけ…しかし、君も酒が強いなぁ。 あいつらと一緒に飲んでいたからなぁ。木野原も、綿辺も酒が強いからなぁ」 「所長。少しは体調も気にしてくださいよ」 風下がパンにジャムをぬろうと、ビンの蓋を取ろうとするが固まっていて開かない。 「あれ、まいったなぁ。また固まっちゃっている。あ、奈緒美くん、このビンの蓋、開けてくれないか?」 「所長、またですか?すこしは自分で開けてみてくださいよ!たしかに、私は人より力があるかもしれないけど、 これでもレディーですからね!」 「いつも、すまないね。でも、ついつい頼んでしまうんだよ。いつも簡単に蓋を開ける姿を見ていると、 まるで奈緒美くんがスーパーレディーに見えるからね」 「もう、よしてくださいよ。所長。あれ、今日のジャムのビンは固いわね。」 思わず力を込める奈緒美。 ”グシャ!…”  奈緒美の握力でジャムのビンが割れてしまった。 「いけない、力入れすぎたみたい」 「しかし、奈緒美くんの力はすごいね。いったい、こんな細い体のどこからそんなパワーが湧き出るんだい?」 「うふふ。それは秘密ですよ。だいたい、本当のこと言っても信じてくれないでしょうけど…。 たとえば、私は実は宇宙人なんです!とかね。」 「おいおい、いくら俺がスーパーヒロインフリークだからって、からかわないでくれよ。」 「じつは、私にもわからないんです。人並みはずれたこのパワーの秘密は。」 「しかし、このまえの君には、まったく声も出なかったよ。まさか、乗用車を持ち上げるとはねぇ。 あれが、火事場のバカ力っていうやつかな?」 「所長。このまえのことですか?」 …風下は車の免許を持っているものの、ペーパードライバーでここ十年以上もハンドルを握ったことがなかった。 ある日、取材のため、奈緒美の運転する車に同乗したときのことであった。 東京近郊とはいえ、まだ、細い道があるこの町では、乗用車がすれ違うことがやっとの場所もある。 しかも都内とは違い、畑の真中の農道で、よく車を端に寄せ過ぎ、脱輪。運が悪ければ畑に転落!なんてことも よくある話であった。 奈緒美が運転するカローラが裏道でエルフとすれ違ったときであった。 「あ、いけない。車、寄せすぎたみたい。」 「おい。左側が脱輪したみたいだぞ。まいったなぁ。こんなところじゃ、誰も来ないしなぁ。」 「そうですか、誰も来ないんですか…それなら、だいじょうぶね。」 奈緒美は小声でつぶやいた。 「所長。ちょっと、待っていてくださいね。」 そういうと、奈緒美は車を降り、トランクを開けて軍手をはめていた。 「おいおい、まさか、持ち上げるつもりか?」 「ええ、そうですよ。この辺は道がせまいから、たまにこんなドジやってしまうんです。 もう、2,3回やっていますよ。」 そういいながら、奈緒美はフロントバンパーに手を掛けていた。 「おいおい、うそだろう?マジ!?あ、フロントが持ち上がった!」 ドッスン!奈緒美は車を元に戻すと何事もなかったように、運転席に座った。 「さあ、所長。取材、取材、早く行きましょう」… 風下はあのときの衝撃的出来事を思い出していた。その時である、2人はローカルニュースに釘付けになった。 「続いて、各地のニュースです。今朝7時半ごろ、矢切資料館に泥棒が入り、資料館に所蔵していた品物8点が 盗難にあいました。その品物のなかには…」 風下は奈緒美に問い掛けた。 「おい、資料館の石って、この前のあれか?あれはまだ、一般公開されていないんだよな。 なんで、あんな石ころなんか盗んだんだ?」 「さあ、なぜですかね。ただ、資料館にあるから、なにか価値があると思って盗んだんですかね?」 「いまから、資料館に行ってみるか。館長にはいつもネタの提供でお世話になっているしな。」 「そうですね。所長、きょうは私の車で行きますか?最近、痛風で足が痛そうだし。」 「ああ、すまないね。それじゃあ、支度をしていくか。」 奈緒美の車に乗り込んだ2人。風下は奈緒美にここ数日に起こった謎の事件の見解を聞いた。 「なあ、ここ数日のあいだに不思議な事件が続いているよね。」 「え〜と…、あっ!この前の鎌ヶ谷の銀行強盗のことですか?」 「ああ、それもそうだが、京葉道路の大事故といい、先週の北総線の脱線事故といいい、不思議なことがあるものだ。」 「例のスーパーレディーですか?所長、まさか私があのスーパーレディーだなんて思っていないですよね。」 「いいや、じつはそう思ってるよ…な〜んて、ジョウダンだけどね。でも、きみが本当にスーパーレディーだったら、 こんなに力強いことはないがね。」 「もう、私はここ数日、事務所で所長と一緒でしたよ。」 「ああ、だけど、例のスーパーレディーは、いつも君がいないときに必ず出現しているんだよ。 鎌ヶ谷の強盗のときは俺が、痛風で取材に行けなくて、きみに代わりに行ってもらった日だし、 京葉道路の事故のときは、きみは買い物に出るって出て行ったしね。」 「あ、あのときは、コンビニに携帯の料金を払いに行っていたんです。そしたら、財布の中のお金が足りなくて、 銀行まで下ろしに行っていたんで、時間がかかってしまったんですよ。だいいち、こんな短時間で、ここから船橋まで 行けるはずないじゃないですか?」 「ははは、それもそうだな。でも、そうだとしたら、この日本にはスーパーレディーが2人もいることに なってしまうんだな。もう一人は、君だよ。だって、その怪力を見たら、だれでも、そう思うだろ?」 「もう、所長。からかわないでくださいよ。」 風下と奈緒美を乗せたカローラは矢切の資料館に向うため県道を走行していた。 「おい、道を間違ったんじゃないか?だんだん道が狭くなってきているぞ。この先は行き止まりになるんじゃないか?」 「おかしいわね。この道でいいはずですよ。私はいつもこの道を通って、家に戻るんですから」 そんな会話をしていると、細い路地から1台のアメ車が道を塞ぐように飛び出してきた。 ”キキキーッ!” 「なによ。あの車、危ないじゃない!」 「おい、車からヘンな人間が降りてきたぞ!頭に角が生えている。」 「所長。あれは人間ではないですよ!肌の色が緑色しているわ」 所長と奈緒美が目の前の状況に驚いていると、緑色の怪人が近寄ってきて、風下に声をかけてきた。 「へへへ、ダンナ。こんなキレイな女性と一緒に、ドライブですか?この先は、行き止まりですよ。 あ、隣にいるオネエサン。なかなかの美人ですねえ。こんな、オッサン放っておいて、僕たちとどこかに行きませんか?」 そういうと、奈緒美のカローラのドアを引き剥がした。風下は緑色の怪人に向って言った。 「お、おまえら、何者だ!彼女には指一本触れさせないぞ!」 風下は奈緒美を守ろうと怪人に向って行ったが、あっさりやられてしまった… 「ほら、オッサンはここで寝てな!」 ”ボコッ!” 風下は車からひきずりおろされ、怪人に殴られた。風下はあっさり気を失ってしまった。 「ちょっと、あんたたち、なにするのよ!」 「ほほ〜。見かけによらず、威勢のいいお嬢さんですね。それに、座っていたからわからなかったけれど、 なかなかのナイスバディーじゃないですか。ヘッヘッヘ。」 「あなたたちね。この地球を乗っ取ろうと、悪事を企てているのは。」 「う、なんでおまえがそんなことを知っているんだ?」 「うふふ。しょうがないわね。所長も気絶していることだし、これで本気が出せるわね。」 そう言うと奈緒美は正面を向き、両手の指先を伸ばして、両方の中指をこめかみにあてた。 「ティアラ・アップ!」 すると奈緒美の額が輝き、金色のティアラが現れた。 続けて胸の前で腕をクロスし、そして両手を広げた。 「チェンジ・ミレイヤ!」 奈緒美が声を上げると同時に、身体が光に包まれていった。そして、奈緒美が本当の姿を現したのだ。 彼女こそ地球の平和を守る為、銀河系の遥か彼方からやってきた、愛と正義のスーパーヒロイン、ミレイヤであった。 「うっ、おまえはミレイヤ。まさかこんなところで会えるとは思ってもみなかったぜ。」 怪人たちは、そういいながら、奈緒美いや、変身したミレイヤに銃を向けた。 「あんたたち、いや、α星の邪鬼たち、そんなもので私に勝とうなんて、考えが甘いわよ。そんなものが、 私に通用するとでも思っているの?」 「うるせぇー!通用するかどうか、試してみようじゃないか。」 ”パパパパパン!” 怪人たちは一斉に銃をミレイヤに発射した。しかし、弾丸はミレイヤの前には通用していないのであった。 ミレイヤの身体に当たった弾丸は全て破裂していた。 「ウフフフ。私にこんなものは通用しないのよ」 「さあ、それは、どうかな?」 ミレイヤの身体に当たり破裂した弾丸からは煙幕のようなものが噴出していた。それを吸い込んでしまったミレイヤ。 「なによ、それ、どういう意味なの?…ゴホ、ゴホッ。う…だ、ん、だ、ん、い、し、き、が…」 ミレイヤは噴出した煙幕を吸い込んだせいで、意識が薄れていった。 「ワハハハ。やっと気付いたようだな。この弾丸の中にはメテオ・クリスタルの粉末が混ぜてあるんだよ。 こんな拳銃がおまえに通用しないのは最初から計算済みだよ。まぁ、自分の身体に当たった弾丸が破裂したんだから、 自業自得ってところかね。さぁ、こっちに来い!」 「そ、それじゃあ…、あ、あの資料館の石を盗んだのは、あ、あ、あなたたちねのね…」 意識が朦朧となってしまった、ミレイヤ。しかし、邪鬼たちになすがされるままであった。 ミレイヤの豊満な胸をモミしだく、邪鬼たち。 「ほほ〜、弾丸を弾き返す身体の割りには、意外と柔らかい胸だねぇ。さっきは、ジーンズをはいていて 分からなかったが、太腿だって、ムチムチしているしな。この身体で何人の男を虜にしてきたのかな? ただねぇ、どんなに、威勢がよくても、こいつが効いているうちは、ただのコスプレネエチャンさ。 おれたちのアジトにきてもらって、いい思いをさせてもらうとするかな。おい、おまえも起きるんだよ!」 ミレイヤと風下はロープで縛られ、邪鬼たちの車のトランクに押し込められた。                ・                ・                ・                ・                ・ ミレイヤと風下の2人は邪鬼たちのアジトに連れられてきた。 ミレイヤは手錠と足かせでアジトの牢屋に貼り付けにされ、風下はミレイヤの隣の牢屋に入れられて、 ロープで縛られていた。まだ、気を失ったままであるが…。 「へっへっへ。さあ、これからお嬢さんのお料理を始めるとするか。まずは材料の包装を解かなくては…」 ミレイヤは押し黙ったまま邪鬼を睨み付けていた。 邪鬼たちは、ミレイヤの服を剥がし裸にしていた、豊満な胸、スラリとそしてムッチリとした脚が、あられもない姿に さらけ出されていた。ミレイヤのティアラをはずそうとする邪鬼。しかしティアラだけは邪鬼にははずせなかった。 「うわぁっ!痛え!腕が痺れる…」 ミレイヤのティアラは邪悪な心を持つ者には触ることさえできないのであった。 「しょうがないか。ティアラだけはそのままにしておくか…。まぁ、こいつを着けたほうが、 スーパーレディーをいたぶっている雰囲気があって、おれは、興奮するがな。へっへっへ。」 邪鬼はこんどは、ミレイヤの秘部に手を出していた。 「あん…」 ミレイヤの気持ちとは裏腹に、彼女の秘密の花園はグチョグチョになっているのは、 どうしようもない事実でもあった。 続けて邪鬼はミレイヤの秘部に木製のコケシ人形を挿入した。 「あっ、あぁぁぁぁ…」 「へっへっへ。花びらちゃんは正直だねぇ。ほら、グチョグチョに濡れているじゃないか…。 さすが、人間離れした体力を持っているだけあって、締まりもなかなかじゃないか? ほら、コケシちゃんが真っ二つに割れちゃったぞ。」 「イ、イヤ!な、なにをするの。や、やめてぇ…」 ミレイヤの叫びがむなしくこだまする。ミレイヤの声で意識を取り戻した、風下。 「あ、あれは、例のスーパーレディーだ!ミレイヤっていうのか。まさか、あれは奈緒美じゃないか? あの声は、奈緒美?」 しかし、風下はまだ、気を失っているフリをしていた。なぜなら、邪鬼たちの会話が聞こえていたのであった。 「バカ野郎!あれほどメテオ・クリスタルを空気に触れさせるなって言っただろうが!こいつの放射は、 自然に発散してしまうんだぞ。ずっと、空気中に放置、いずれはただの石ころになってしまうんだぞ! おまけに水でぬれた手で触りやがって。水なんかに触れたら、こいつは溶けて消えてしまうだろうか。 おまえみたいなのを、つかえねぇ!っていうんだよ。このドアホ!」 「そうか、あの隕石は水に弱いんだな。なにかいい方法はないかな? あ、空気に触れても自然に発散させてしまうとも言っていたな。 とりあえず、ミレイヤ、いや、奈緒美を励まさなくては…」 風下が気を取り戻し、ミレイヤに声をかけようとしているのを見つけた、邪鬼。 「あ、この野郎。気が付きやがったな」 風下は、なりふりかまわず、ミレイヤに声をかけた。 「ミレイヤ、その隕石は空気に触れると次第に効果がなくなるんだ。もう少しの辛抱だ、がんばれ!」 風下の声が邪鬼に届いたのか、邪鬼は風下の牢屋に近づいてきた。 「この野郎!余計な口を利くんじゃねぇ!」 そう叫びながら邪鬼は足元にあった、1斗缶を投げつけた。缶が破損したのか、缶から臭気を帯びた液体が漏れ出していた。 「ん?この臭いは…」 風下は、綿辺のコレクションの模型を見せてもらったときのことを思い出した。 「あ、これはシンナーだ。そう言えば、シンナーの引火による火事で直木賞作家が亡くなったんだよなぁ。」 風下は独り言を言いながら、何気なく天井を見上げた。 「あ、あれはスクリンプラー…そうだ!」 風下はポケットにジッポがあったのを思い出した。ロープに縛られているものの、手だけはなんとか動かせそうであった。 「あ、そういえば、ポケットには穴が空いてたっけ。飛び跳ねれば、落ちるかな?」 風下は痛風で痛い足を引きずりながら、牢屋の中で飛び跳ね出した。 「あぁー、早くミレイヤちゃんの裸、見たいなぁ、邪鬼さん。彼女ってナイスバディーなんでしょ? ここからじゃ、よく見えないなぁ。おれにも見せてくださいよぉー」 風下は、ジョウダンとも本気ともつかないセリフを吐いていた。もっともこれは、飛び跳ねるための カムフラージュであったが… コロン!風下のジッポが足元に落ちた。ジッポを拾い上げ、不自由な両手でジッポに火をつける風下。 「あちぃ!ようし、あとは一発勝負だ!」 そういうと風下は、足元に火のついたジッポを置き、こぼれ出したシンナーめがけて蹴り上げた。 ”ボッ!” みごと風下の蹴ったジッポがシンナーに引火をさせた。 ”ジリジリジリジリ…!!” 火災報知器鳴り出し、やがてスクリンプラーが作動し始めた。室内はスクリンプラーで大雨が降ってきた状態になった。 「あ、メテオ・クリスタルが!」 邪鬼の親玉はすかさず、メテオ・クリスタルをわしづかみにして、逃げようとしていた。 「まちなさい!邪鬼たち、私が許さないわ!」 スクリンプラーの大雨でメテオ・クリスタルの効果がなくなったのか、ミレイヤのパワーは復活していた。 壁につながれた手錠と足かせを引きちぎっている。 そして、両手の中指をティアラに触れ、目を閉じると、あっという間にコスチュームが元に戻った。 風下の入っている牢屋の前が火の海になっているのに気がつくミレイヤ。 邪鬼を追うのをやめ、風下を助け出す。 「エイッ!」 ミレイヤは鉄格子をねじ曲げ、風下を助け出す。 「風下さん、もう大丈夫ですよ。あなたのおかげで私は助かりました。」 そのときである。火の手があがり、崩れ落ちて行くアジト。 「あっ、危ない!」 ”ガン!” 崩れ落ちてきた鉄骨が風下の頭に当たり、また、気を失ってしまった。 「しょうがないわね。所長はいつも、すぐ気を失うんだから…」 ボコ!ミレイヤは壁を蹴破り風下を抱え外へ脱出した。 「エイ!」 ミレイヤはジャンプし、アジトの裏手の山の上へ着地した。 「こ、ここは資料館だったのね。」 ミレイヤは崩れ落ちる資料館、いや、邪鬼のアジトを見守っていた。 「あ、あの車…」 邪鬼たちを乗せたアメ車は忽然と目の前から消えた。 「くっ!しばらくは、戦いが続きそうね。私がこの町を、この地球の平和を守らなければ…」 「う、うぅぅ…」 風下が気が付いたようである。 「あ、所長が目を覚ますわ」 そういうと、ミレイヤは林の中へ駆け込んでいった。 「う、ぅぅぅ。あ、ここは?ここは、資料館の裏山。あ、資料館が燃えている…。 ということは、あそこが邪鬼たちのアジトだったのか?あ、ミレイヤがいない。そういえば、奈緒美はどうしたんだ?」 「所長〜!」 奈緒美に戻ったミレイヤは林の中から風下に向って叫びながら駆け寄ってきた。 「あ、奈緒美!無事だったのか?あ、ミレイヤ。ミレイヤはどこに?」 「所長、ミレイヤってなんですか?あ、あのスーパーレディーですか?彼女は私を助けてくれた後、 どこかへ消えていってしまいました。あっそうそう、『所長が助けてくれたから、あなたからお礼を言って。』って 彼女が言っていましたよ。」 ”チュッ!” 「あ、奈緒美くん、なにをするんだ!」 「彼女の代わりにお礼です。」 突然のキスに照れる所長が、なにげなく奈緒美の頭を見ると、ある物に気付いた。 「あ、このカチューシャのデザイン、ミレイヤの服に似てるなぁ。ちょっと、見せてくれないか?」 「あ、だめですよ!」 ”ビビッ!” 「うわぁ、痛い!腕がシビレルゥ!」 「だから言ったでしょう。このカチューシャはブラジルの祖母からもらった、お守りなんです。 変なことを考えてる男性は触ることがでいないんですって。…っていうことは、所長!なにを考えていたんですか?」 「い、いや、もし君がミレイヤなら、なんなにナイスバディーなのかな?なんて、ついつい…」 「もう、所長のエッチ!」 奈緒美は風下の肩を叩いたが、少し力が入りすぎたようである。 「うわぁ、い、いてぇ!!」 「ご、ごめんなさい。」 苦笑混じりに痛がる所長を介抱する奈緒美であった。 ***完