平成15年1月24日・初版 平成15年3月21日・改訂

ラスキア・ミレイヤ・フォルティア「ファーストコンタクト」第1章/妄想博士・著

今回は話を少し前に戻して、地球でのティアラヒロイン達の出会いを書いてみることにしよう。 そのためには、この男のことを初めに紹介しておく必要があるだろう。 そうなのだ…ある意味、今回の主人公に最もふさわしい人物なのだ。 風下達也…独身。 特別イケているわけでもなく、特別優秀なわけでもない、まあ、どこにでもいる普通の男だ。 肩書きは風下探偵事務所を主催する私立探偵。本人曰く、「正義に燃える名探偵」とのことである。 「正義に燃える…」この部分については異論はない。本人の言葉通り、確かに正義感が強く、情に厚いのがこの男の最大の特徴である。  正義感が強いから、様々なところへ首を突っ込むし、情に厚いから、困った弱者がいればすぐに相談に乗る。事務所の規模も相まって、 小さな事件を掘り下げていくところから、調査が始まるので早期発見も多い。 但し、探偵稼業…特に営利手段としての探偵稼業において、この性格は必ずしも良いものではない。要はおせっかい過ぎるのかも知れない。 世の中の事件の大多数は「大したことに見えない、実は難事件」ではなく、所詮「大したことに見えない、ただの軽犯罪」である。 加えて、正義や情が建前(風下の場合は本音だから尚更なのだが…)である場合、業務自体が、営利手段とならずにボランティアと 化してしまう。 実際、難事件を未然に食い止めたこともあるし、困った弱者を助けたことも少なくはない。 だが、それ以上に、勘違いによる「骨折り損のくたびれ儲け」、勇み足による「小さな親切大きなお世話」の方が圧倒的に多いのだ。 その上、どんな難事件も未然の内は単純である。よって、先の読めない警察からは邪魔者扱いされることが続いているし、 名声を上げることもまるで出来ない。 だから「名探偵」というのは、大いに問題があるのかも知れない。この世界で問題になるのは名声と実績であって、自信や希望ではない。 探偵としての実力が未知数であれば、どんなに能力があろうとも、依頼の方はお寒い限りとなる。  「正義感と自信だけで、食べていけるほど世間は甘くない」 世間の冷たさを思い知った風下は、いわゆる何でも屋…アクノ企画を副業として立ち上げた。  アクノ企画を始めてみると、小回りが効くその利便性のため、ちょこちょこと仕事が迷い込んで来るようになった。 儲かるには程遠く、資金繰りは常に厳しいが、アクノ企画のお陰で風下探偵事務所は現在従業員(風下以外に社員一名、アルバイト一名)を 抱えながらも何とかやっていくことが出来るのだ。   ただ、風下の名刺はいつまで経っても「アクノ企画 代表取締役社長」では無く「風下探偵事務所 所長」のまま。 やはり、風下には「正義に燃える名探偵」へのこだわりと自信があるのであろう。 そして、聖天使ミレイヤが、地球での居場所としてアクノ企画を選んだ理由も、案外風下の人間的な魅力にあるのかも知れない… ***************************************************************  さて、今回の物語は商店街の福引でアクノ企画唯一の社員…松原奈緒美が特等の父島ペア旅行を 2枚連続で引き当てたことによって幕が開く。 社員旅行など実施したことのないアクノ企画だったが、無料ならば利用しない手は無いし、時間と閑はたっぷりと作ることが出来る。 責任者の風下は、急遽、社員旅行を実施することにした。 これまでの流れからすれば、参加メンバーは風下、アクノ企画の社員である松原奈緒美と学生アルバイトの森永真理、 そして風下の親友であり、真理の兄代わりでもある綿辺の4名が順当なところ…だが、カメラマンである綿辺だけは そう簡単に都合がつかない。  風下にしてみれば、安い給料でこき使っている負い目がある。そう言う意味では、旅行の実施は絶対である。 泣く泣く綿辺を東京に残し、奈緒美と真理を連れて父島へ出発していった。 「さあ、輝く太陽、白い砂浜、そして…水着が俺を待っている!」 南国の太陽の照らされると都合の悪いことは全て忘れることが出来るのかもしれない。 風下は、島の宿に到着すると荷物を解くのも程々に早速行動を開始した。考えてみれば、今回は文字通り「両手に花」。 二人の水着姿を堪能出来るオプションもついているのだ。奈緒美と真理を引きずるようにして、風下は日頃のストレスを解消すべく、 ビーチに繰り出した 時間はお昼前、天気は快晴だから、白砂のビーチは陽炎が立ち昇るほど強烈な熱波に包まれている。 パラソルを立て、マットを敷いた三人は、準備体操もそこそこに海へ…。 ただ、奈緒美と真理がおそろいの長丈ウインドブレイカーを脱いだ途端、風下は身体の異変を感じ、ビーチマットにへなへなと座り込み、 まるで動けなくなってしまった。全身の力がみるみる一点に凝縮されていくのだ。 (凄い…凄すぎる…二人とも!)  奈緒美にしても、真理にしても、風下の予想以上…いや、予想をはるかに超越している。 もちろん、万人受けするモデルのような顔立ちと、それに違わぬサービス精神旺盛な仕事振りが売りの社員、 松原奈緒美が肉体的に秀でていることは日頃から感じていた。  長身で脚が長い、メリハリの効いたプロポーションだから、スタイルはレースクイーン並みでも不思議は無い。 ただ、洋服という戒めを解いた上で実物を見ると、奈緒美の肉体がここまで圧巻だったとは…改めて思い知らされた気分になる。 確実にFカップ以上ある巨乳と、締まっているのにとても柔らかそうなヒップが、水着になったことによって自由を取り戻し、 風下の目前で踊り狂う。 これだけでも息が止まってしまうのに、奈緒美の着用するのは凄い食い込みのTバック紐ビキニ。 パレオはつけているが、これも簾(すだれ)のように全部ひも製。オマケに金色なのだ…。 さすがはブラジルの血が流れているだけあって、リオのカーニバルから抜け出したような、派手でセクシーで、大胆過ぎる水着なのである。 サービス精神が旺盛なのか、それとも単に開放的なのか?どちらにしても奈緒美の水着姿はもはや凶器である。 それもナイフやピストル等のちゃちな武器ではなく、例えるなら、世界中の全男性が必要とする酸素を一瞬で焼却してしまうほどの 強烈な破壊力を持つ大型気化爆弾。こんな大量殺人兵器の安全装置が、か細い紐とわずかな布切れでは…余りにも頼りなさ過ぎる。 現に、間近にいる風下は既に呼吸困難に陥り、窒息寸前になっていた。  奈緒美が大胆お姉様系の美人レースクイーンならば、アクノ企画の元気学生アルバイト…森永真理は若さ弾ける 巨乳グラビアアイドルといったところか…。  何処にでもいるような「普通ぽい雰囲気」で、少女の面影を残す愛くるしいロリ系アイドル顔の真理は、どんな大人の女性よりも 優れたウルトラダイナマイトボディを持っている。二つ並んだ大きな果実をイメージさせるバストは、奈緒美に負けず劣らずFカップ以上。 体育会で鍛え上げられた「キュ!」と締まったウエスト、そしてそれに続くヒップラインは超攻撃的な曲線を描いている。  それでいて、発育過程にあるような未熟さも持ち合わせているのだから…。一体、真理の肉体が完成したら、どうなってしまうのだろう? 着用する水着にしても、色だけは学生らしく純白だが、形状は奈緒美に見劣りしないセクシーなTバックの紐ビキニ。 これだけでも十分なのに、白い水着の場合は「濡れると透ける」オプションが付いている。海から上がろうものなら、 もう目のやり場が無いのだ。 ただ、目のやり場がないからと云って開き直り、濡れた真理の肉体を直視するのは非常に危険だ。無邪気な真理が放出する セクシービームは、男達の視神経を焼き付けて麻痺させるほど強力だからだ。  現に、間近で見ている風下は、真理から視線を外すことも、まばたきすることも出来ず、目の奥の痛みに耐えている。  無防備な姿態をさらけ出し、周囲の酸素を奪い去る大型気化爆弾そのもののボンバーガール…松原奈緒美。  無邪気な笑顔で惹きつけて、近づく者を攻撃的な肉体で悩殺してしまうセクシートラップ…森永真理。 強烈無比のツープラトン攻撃に対し、動くことの出来ない風下はどうすることも出来ず、呼吸困難と視神経の痛みにもがき苦しむだけ…。 ただ、とてつもなく幸せではあるが…。 そんな風下の苦しみなど夢にも気付かない当人達は、波打ち際できゃっきゃっとはしゃぎながら、海へ入っていく。  (危険だ…危険すぎる! それは泳ぐ水着じゃない…! ああっ、もう海で泳いでる…!  やっ、やばい…胸と同じ大きさのビーチボールなんか使って…! うわっ、もろに波をかぶった…!) なにせビーチボールと戯れた時など、ブラジャーの紐が弾む巨乳の重みでいつ切れるかと…ハラハラしてしまうし、 波をかぶるとパンツの紐が解けないかと…自分の事以上に心配してしまい、とても落ち着いて見てはいられない。 初めは、他の男に見せたくないだけの理由だった。しかし、もうそれだけでは済まない…持ち前の正義感が溢れて来ていたのだ。 平和なビーチに連れて来たのは風下…これ以上、殺人兵器を野放しにするのは、人類の安全保障上芳しく無い。 またも、美しく可憐な殺人兵器が海の中から手招きをしている。 「所長〜!こっちこっち!」 「早くう〜!ビーチボールで遊びましょうよ!」 (全く、人の気も知らないで…もう、誰がどうなろうと知ったことか!こんなことなら、本当に脱げてしまえ!)  風下が心に念じた瞬間、大きな波が奈緒美と真理に背後から襲い掛かった。 「あっ、ビキニが…いや〜ん!」 「ああっ、私も…や〜ん! 見ないで〜!」  ビキニのブラをずらされて、慌てて手で胸を覆う奈緒美と真理だが、元々が巨乳過ぎる。手の間から簡単に乳房がこぼれてしまう。 (おっ、俺は…。ひょっとして超能力者だったのか…?)  人類の無事を頭の隅で祈りつつ、様子を見ていた風下だったが、どうやら超能力…までは思い過ごしのようだ。 普通の超能力者なら、我が身にふりかかる危険を察知出来なければならないはずなのだ。 「所長! 何を見てるの…もお、最低! この、エッチ!(ビシ〜ン!)」 「そんなに、にやけて…こういうときは目を閉じるの!(パシ〜ン!)」 二発のビンタをまともにくらったのにもかかわらず、なぜか顔の緩みは収まらない。  巨乳をなんとかブラに収めた奈緒美と真理は、ここでようやく風下の身体の異常に気付いたのか、呆れた顔で頷き合って、 風下を引きずり起した。 「真理…足を持って! いいわね…いくわよ!」 「このモッコリオヤジ…覚悟しなさい! そうれ、イッチ、ニーの…サン! ええい!」 沖合いの海面に全身を叩きつけられたとき、風下は初めて自分が動けない理由に気が付いた。 原因は、本人が意識していないにもかかわらず、張り裂けんばかりに突っ張ったテント状の海水パンツだったのだ。 *************************************************************** 遊び疲れた後は、砂浜で肌を焼きながら、ゆっくりお昼寝…のはずだったが、いきなり奈緒美の携帯電話が鳴った。 「はい…アクノ企画でございます! あっ、お世話になります…」 なんと、仕事の転送電話である。休みであっても、クライアントに迷惑はかけないという奈緒美の姿勢には、 いつもの事ながら一同驚かされる。 「判りました…本日中に届くと思います。はい…それでは、後程…失礼します。」 奈緒美は時計を見ながら、平然とした顔で電話を切ると、風下を振り返り、また平然とした表情で内容を伝えた。 「所長! イベントパーティーの図面…届けるの忘れてませんよね? 今日、届くと応えておきましたけど…」 「えっ、ああっ〜、あの出会いパーティー企画か! そっ、そうだ…図面が事務所の机の上に置きっぱなしだ…!  うわっ、どうしよう…今日までなのに!」 「やっぱり! もう、しょうがないなあ…じゃあ、私がなんとかします…」  奈緒美はすぐにウインドブレイカーを掴むと、風下達に背を向けビーチを走り去っていった。 遠ざかるTバックを見送った風下は、奈緒美が見えなくなったところで、大いなる疑問を感じた。 「あれっ、ここは父島…『私がなんとかする…』って、なんとかなるの?」  日頃から奈緒美を絶対的に信頼している様子の真理が、横から呆れたように口を出した。 「大丈夫ですよ…奈緒美さんなら任せておけば、きっと、きちんと処理してくれますよ!それより、所長…ゆっくり寝てたらどうですか?」 そう言われれば、ストレス解消。丁度、昼寝の時間なのだ。どうやらたっぷり睡眠がとれそうだ。 *************************************************************** 「あらっ、うふふ…誰かに悪戯されたのね! 起きて下さい…変な日焼けになっちゃいますよ!」 相変わらずの強烈な日差しの中、ビーチマットの上で大の字になっていた風下は、誰かに身体を揺すられ、 ようやく目を覚ますことが出来た。 「うう〜ん…んっ、はりゃ? ここは…ああっ、そうか…すっかり寝てしまったようで…。  あれっ、貴方は…えっと、どちら様でしたっけ?」 白いレースのワンピース姿の女性が、強い日差しを遮るように風下のことを覗き込んでいる。それでも眩しく感じたのは 白いワンピースの反射によるものだったのか、それとも彼女が日差し以上の輝きを放つ美人だったからなのか…。 とにかく風下は一瞬にして目が覚めてしまった。 上半身を起した風下に視線を合わせるように軽くかがむと、彼女は笑いを堪えながら説明をした。 「あっ、私は通りがかりの者です。起してしまってごめんなさい…でも、そのままでは…!」 片手に持った麦藁帽子が風下の腹部を隠すように動く。腹にはテープが貼られ、何か文字が書かれているようだ。 「んっ! 何々…『オヤジ!』。あっ、やりやがったな…だめだ、既に日焼けの跡が残っている!くそっ〜、真理の仕業だな!」 剥がしたテープを砂浜に叩きつけ、周りを見渡す風下だったが、真理の姿は何処にも見えない。 麦藁帽子で口を隠して、笑い転げる彼女がいるだけだ。 ただ、特別芸の無い風下が、見ず知らずの女性…しかもとんでもないくらいの美人をこんなに笑わせることが出来るのも、 真理の悪戯のお陰ではある。 少なくともきっかけ作りにはなると判断した風下は、クーラーボックスを開き、彼女に冷えたビールを手渡した。 「起してくれたことへのお礼です。もし、よろしければ、何本でも有りますので…真理…いや、悪戯をしたアルバイトの分まで、 飲んでしまって下さい!ただ、あの…少し笑い過ぎです…。」  「あら、ごめんなさい…。でも、こんなに笑ったのは久し振り…!そう言えば、お名前を伺ってなかったですね。 私は『美しい香り』と書いて…ミカ…です。日本人とのハーフなんです」ビールを受け取った彼女は笑ったままで自己紹介をした。 「美香さん…素敵な名前だ。ああっ、僕は風下達也といいます。こう見えても、一応、東京で探偵事務所をやっているんですよ。」 「ええっ〜!私立探偵やってらっしゃるなんて…かっこいい!やっぱり、難事件を解決したりするんですか?」  「もちろんです…よく、警察から協力を要請されますよ。現実の事件は小説以上に難しい場合が多いけど…困っている人達を見ていると 助けない訳にはいきませんからね…」 風下は大見得を切った。それが持ち前の正義感のためか、飛び切りの美女を前にしたためなのかは、自分でも判らない。 とにかく美香が風下の仕事内容に興味深々の様子なのである。笑顔の中に何処と無く影があることもからも何かに困っているに違いない。  こうなると風下は黙ってはいられない。いきなり真顔になると、美香に質問を浴びせた。 「ところで、美香さん…何か困っていることがあるでしょう?いやいや、隠しても無駄ですよ…名探偵風下達也にかかっては どんな嘘も通用しない…。もしかすると、何かを探していませんか?」  途端に、美香は驚いたようにつぶらな瞳を大きく見張り、息を呑んだ。図星のようだ。 (おっ、あてずっぽうなのに…当った!なるほど、言ってみるものだ…。)  風下は内心では喜びながら、表情はさも当然のごとくすましているが、ある意味これは当たり前だ。 仕事、恋愛の相手、トラブルの解決策等、何事においても、人間は常に何かを探している。 程度の大小はあっても、この質問が的中するのは当然なのだ。    美香は尊敬のまなざしで風下を一瞬見つめたが、思い詰めた様に質問をした。先程までの笑顔はすっかり消えている。 「そっ、そうなんです…実は…。あっ、でも…私立探偵って依頼すると高額なんですよね?」 「はっはっは…なんだそんなことですか?それなら、心配はご無用です。大体、僕の事務所には高額な仕事は来ない… いやっ、必要以上に報酬をもらわないから、いつも貧乏なんですよ。そこだけは小説の名探偵と同じですね。 それに、今は特別休暇中ですから、プライベート…そう無料で相談に乗りますよ!」 得意のボランティア…これが風下探偵事務所の赤字要因なのだが、美女の手前では仕方が無い。それに、美香がどんなに喜んだか…。 風下にとってこの笑顔だけで報酬に値する。 「ほっ、本当ですか!それなら、ご相談だけでも!ああっ、ここではなんですから…私のヨットへ来て下さい。」 美香は風下の手を取ると、引きずるように歩き出していた。 (私のヨットとは…。とても、お金が無いとは思えない。…とすれば、おこずかいを止められたのかな? とにかく、影があるとは言え、 美香ちゃんは育ちの良さそうなお嬢様…大した問題を抱えているようには見えないし…。 どうせ「逃げたペット探し」か、「偽ブランド購入」が関の山だな…うん、名探偵風下に全て任せておきなさい!)  あてずっぽうやラッキーに二度目は無い。風下の読みが大きく外れていることは云うまでも無いが、まさか美香の悩みが、 ティアラヒロイン達に…ましてや日本の未来にまでも深く関係していようとは、このときの風下には知る由も無かった。 ******************************************************************************************************************** ここで話を風下所長が目覚める少し前に戻そう。 ビールで膨れた腹にテープで悪戯を施した真理だったが、奈緒美は仕事、風下は熟睡…話相手を失い、すっかり閑になっていた。 閑を持て余した真理は、ウインドブレイカーを羽織り、ビーチを歩いてみることにしたのだが…。 「そこの可愛い彼女!」 「お嬢さん、お一人ですか?」 「おねえちゃん…ボクとあちょんで!」  いやいや、一人になると、ナンパの多いこと、多いこと…。  若い男は云うまでも無いが、浮き輪をつけた幼児から、パイプを咥えた白髪の紳士(無論、ボーダー柄のT−シャツ)まで、 ビーチ中の男という男が、真理の行く手に人垣を作るように集まってしまった。これでは、断り続けるだけで一日掛かってしまう。 真理は得意のダッシュで一目散にビーチを後にすると、隣接しているヨットハーバーまで逃げ込んだ。    ナンパばかりのビーチと違って、ヨットハーバーは大人のカップルを中心に上品で落ち着いている。 ここでも真理は男達の視線を集めてはいるが、彼らには連れがいるので、その手前、声を掛けられることもない。 中には、自分の彼女と比べないように、故意に視線を逸らす男さえいるのだ。  元々暇つぶしのための散歩なのだから、真理にさしたる目的があるわけではない。それに、わずらわしく思えたナンパでさえも、 皆無になると結構寂しいものである。幸せそうなカップルの巣窟に一人で紛れ込んだ真理は、ほんの少しだけうらやましくなってしまった。 (う〜ん・・・なんだか私は邪魔者みたい・・・。 それに・・・超〜…閑!) その場の空気に一人浮いた真理は、居たたまれなくなって、足早にビーチへ戻りかけた。そのとき頭の上の方から声を掛けられた。 「こんにちは! あの、もしかして、誰かの船をお探しですか?」   一番端に停泊している(英文字でウイング・オブ・サーモン・・・どうやらこれが船名らしい)ヨットの上から青年が顔を出した。  ナンパだ・・・そう思った真理は無言で相手をきっと睨んでしまった。先程まで相手が怯んだ隙に、立ち去ることを繰り返していたから、 条件反射のようになっている。  案の定、青年は気圧されて立ちすくんでいたが、手を振りながら言い訳を始めた。  「あっ、いや、ナンパじゃないですよ!さっき、ヨットハーバーに来たばかりなのに、すぐ立ち去ろうとしているので、 誰かの船を探しているのかな?・・・と思って、気になっただけですよ!」  どうやら、親切心から声をかけてくれたようだ。 真理は少々自意識過剰になっていた自分を反省しながら、青年に詫びた。 「あっ、睨んだりしてごめんなさい・・・。ナンパばかりだったので、勘違いしてしまって・・・。でも、ありがとう、ご心配には及びません。 閑でブラブラしているだけで、特別誰かを探しているわけではないのです!」 「閑でブラブラしているだけ…そうですか。もしよろしければ何かお飲みになられますか? いやっ、別に・・・変なことは考えていませんが・・・」 応じるか否かは別として、一人でいるときに誘ってもらえるのはうれしいものである。このまま戻ってもどうせ閑だし、 よく見ればこの青年も線は細いが中々イケている。真理はニッコリ微笑んで、差し出されたコーラを手に取りヨットに上がった。 「ありがとう。私は真理といいます。東京から来た女子大生です。貴方は?」 「真理さん・・・いや、大学生なら随分年下だから、真理ちゃんでいいですか?僕はノブヤ…信也です。ヨットで旅する青年、 ただ、もうすぐ27歳だから…そろそろオジサンになるのかな?」 「いいえ、オジサンには早過ぎますよ!でも、ヨットで旅なんてロマンがありますね。一人旅ですか?」 「幸か不幸か・・・妹と二人なのです。だから、真理ちゃんのような美人をナンパ出来ない・・・いえっ、これは冗談です!」 話してみると信也は純粋で好人物だから親しみやすい。混血児らしく、発音がおかしいところはあるが、話も楽しいし、 時折冗談を混ぜてくれるので、初対面でありながら、真理はすっかり打ち解けてしまった。 ただ、明るい口調やおどけた仕草なので誤魔化されるが、信也の身の上話は・・・さわりだけでもかなりシリアス。  なにしろ、ヨットの旅は自由気侭な趣味でなく、行方不明の肉親探しらしいのだ。 そういえば、信也の笑顔には、どことなく寂しそうな影がある。 (もしも話が本当ならば…。スーパーパワーを利用してもバチは当たらないはず。人助けだって、立派な任務だわ。 人間には誰でも悩みがあるものだけど、この人の場合は特別。普通の人と比べてかなり深刻そう…) 同情した真理はラスキアのスーパーパワーを使って信也の手助けが出来ないものか考えていた。 その時、信也が急に視線をそらし、ヨットの下の美女に向かって声を掛けた。 「美香!その酔っ払いは誰?まさか…何か手掛りがあったのか?」  「あっ、信也兄さん! 違うの…手掛りはないけど…この人…名探偵なのよ!唯子の捜索…無料で手伝ってくれるって…!」 (ふ〜ん、名探偵って、やっぱりかっこいいんだろうな?どんな人だろう…) 会話を聞いた真理は、その顔を窺うために興味心身で振り向いた。 (…げっ、所長じゃない! えっ、まさか名探偵って…違う…妹さん…美香さん…違うの!その人は探偵だけど名ではなくて迷探偵。 実体はただのトラブルメーカー…)  ただ、真理の心と裏腹に、探偵と聞いた信也は喜色満面で歓迎の態度。やはり手助けを必要としているのだ。 兄妹のヨット「ウイング・オブ・サーモン」号で風下と再開した真理は、悪戯のことだけ笑顔で誤魔化し、 その上で信也と美香の身の上話を詳しく訊く事にした。信也は訥々と話し始めた。 話の内容はこうだ。 信也達の母親は日本人ではない。そして、日本人である父親の本当の妻ではなく、海外で父親と出会い、 結果として愛人となってしまったのだ。 信也達の父親は…政財界の大物らしく、著名な人物なので、世間体を恐れて、日本では信也達の認知(法的に自分の子供と認めること)を しなかったそうで、信也達は海外でひっそり暮らしていた。 ただ、父からは十分過ぎる程の仕送りが届いており、信也達の生活はかなり裕福なものだったし、そのおかげで日本語を始めとする 国際的な教育も受けられた。もちろん、父親は法的に認知をしなかっただけで、自分の子供と認めていたから、時には厳しく、 時には優しく、信也兄妹を心から愛してくれていた。 信也達も、時折訪れる父親の御土産(なんと、このヨットは末妹の成人祝い!)を子供の頃から楽しみにしていたくらい… いや、それ以上に父親と会えることを楽しみにしていた。その父親は二年前に高齢ということもあり、突然、病気で亡くなってしまった。   このときには、信也兄妹は立派に成人しており、国際的な活躍をしていたから、父親の仕送り無しでも生活は悠々成り立つ。 大物だから日本では大騒ぎ…遺産も莫大であったようだが、信也達は異国籍の「愛人の子」であり、海外にいたことから、 遺産の配分をわずかながらも主張することなく沈黙を守った。なにより父親を愛していたから、父の名誉を傷つけたくなかったのだ。 ただ、不幸は突然に訪れた。  信也、美香の兄妹にはもう一人妹…ユイコ…日本名「唯子」がいる。  末娘だったから、父親にもっとも可愛がられたのは言うまでも無いが、唯子自身も可愛がられる素質を十分過ぎるほどもっていた。 美香に輪をかけたような美人で、頭脳明晰…その上、よく笑い、人柄も良かったのだが、なによりある種の人を惹きつける魅力… カリスマ性を持っていたようだ。   ある時、ふとしたことから唯子は父親との関係を日本人のジャーナリストに話してしまったことがある。  それからというもの…何故か日本人が大挙して押し掛け、本国政府にまで圧力をかけて、信也達一家の財産全てを持ち去ろうとしたのだ。 なんでも父親の生前に使途不明金が有り、それが問題になったらしい。 莫大な遺産を手にした日本の遺族からは取ろうとせず、異国の信也達から奪い去ろうとする日本政府に対し、憤りを感じた末妹唯子は リークの責任もあり、たった一人で立ち向かった。 中でも彼女の成人祝いで父の形見となったヨットだけは命に代えても守ろうとしたのだ。 しかし、どれほど上層教育を受けていても、所詮は二十代前半の小娘である。様々な罠にはまり、すったもんだの挙句、 信也達の財産全てと唯子の身柄は日本人に奪われてしまった。 唯子自身が自分を売り飛ばすことでヨットだけは没収を免れたが…それも後になって見ると、最悪の結果となった。 噂では、そのヨットを使途不明金の解決に充てるよう、父の生前示唆があったらしいのだ。曰く付きの成人祝いに、ぬか喜びをし、 しかも、命に代えても守ろうとした物が借金の方だったとは…愕然とした唯子は、失意の中でサインをしたようなのだ。 もちろん、自分を買っていく日本と、自分の気持ちを踏みにじった父親を恨みながら…。 悪夢のような出来事だったが、唯子が連れ去られて以来、信也達は平穏な生活を取り戻すことが出来るようになり、 母親を中心に貧しいながらも立ち直ることが出来た。それは、父親が残した無形の財産…上層教育のお陰だったから、 信也達は父親を恨むこと無く、むしろ今では感謝をしているくらい…事件の傷跡も徐々に癒えていったのだ。  ただ、唯子のことだけは忘れることが出来ない。中でも、母親は一時、気も狂わんばかりに唯子の心配をしたのだが、 所詮は日本語が話せない…そこで、信也と美香が、唯子が自分の身を売り飛ばしてまで守り通した父の最期の土産 「ウィング・オブ・サーモン」号で、唯子の消息を確かめに日本へやって来たという訳だ。 うう〜ん…真理は話を聞き終わると、毎度毎度で大変なのだが、またしても頭を抱えてしまった。 唯子の消息を調べることは出来るかも知れない。ただ、この事件の裏には、国際政治や外交問題まで絡んでいるから、 たとえ唯子を見つけることが出来たとしても、風下程度の無名な私立探偵が解決出来る事件ではないのだ。 それに、借金の質に取られるということが日本ではどういうことなのか、真理には容易に想像することが出来た。 真実を調べることが、本当に信也達にとって幸福なことなのか…真理自身では判断がつかない。 考えこんでいる真理を見かねたのか、信也が声をかけた。 「真理ちゃん!気にしないで…そんなに簡単なことではないし、もしも唯子を捜してもらっても…僕達には報酬が払えない。 だから、断ってもらっても構わないんだよ!大体、美香…お前が悪い。無料でプロに物事を頼むなんて、随分ひどい話じゃないか!」  傍らの美香は兄の言葉にすっかり反省したのか、消え入りそうな声で自分を責めた。 「そうね…信也兄さんの言う通りだわ。私の悩みを一目で見抜いたから…風下さんは本当に優しい名探偵。 そんな人の言葉に甘えるだけなんて…自分達のことなのだから自分達で努力しないといけないのに…それを私…!」 「待った…何も気にすることなんかありません。判りました…全部この風下にお任せ下さい!無論…お金は要りません!」 ハッと真理が隣を見ると、自信満々の表情で風下が断言している。こうなると真理も黙っていられない。 元より依頼を受けたくないわけではない。ここのところはアルバイトでありながら、所長譲りの情の厚さである。 「そうですよ…やらせて下さい。唯子さんの消息…風下探偵事務所が全力をあげて調査します。 費用は…所長の言う通り、もちろん無料です。」  これには信也と美香もびっくり…ただ、涙を流さんばかりに喜んだ。 「あっ、ありがとう…夢のようだ!」 「ほっ、本当ですか?あっ、ありがとうございます!」 「大丈夫…そう、もう一人仲間が来ていますから、事件の詳細を調べてもらいましょう。ちょっと、失礼します。」 奈緒美に確認してみよう…。真理は携帯電話を取り出すと、奈緒美に連絡をとり、詳細を報告した。この手の話には奈緒美も弱い…案の定、 奈緒美も依頼を快諾し、「夕方までには調べておく」と調査を約束してくれた。 東京にいるならとにかく、父島では情報の取りようもないはずなのに…ただ、電話の向こうから聞こえた騒音は まるで都会のもののようだったが…。 とにかく、いつものことながら奈緒美に頼むと、全てのことが簡単に思えてしまうほど頼もしい。 「そうだ、せめてものお礼に…少し、クルージングをしましょうか? 今からなら、夕方には戻れます…もしかすると鯨くらいは 見ることが出来るかも知れないな。」   信也の言葉に真理が頷くとヨットは一杯に帆を張り、沖に出航していった。風下は何か考えるように瞑想を始めている。 ******************************************************************************************************************** 「おかしいなあ…まだ戻ってこないなんて?」 実際には、本当に東京まで行っていた奈緒美は、自分の手で時間通り調査を終わらせた。 ただ、ミレイヤフライングで文字通り飛んで帰ってきたにもかかわらず、ヨットハーバーで真理達に待ちぼうけをさせられていた。 (何かあったのかな? 所長と真理のことだから、遅刻かも…) さほど心配してはいないが、約束の時間はとっくに過ぎている。 「もしかして船を待っているの? 今日は午後から航海制限されていて、出航も入港も、もう無いはずだけど…」  桟橋に腰掛て途方にくれていた奈緒美は、背後から優しく声を掛けられ振り向いた。そこには品の良さそうな女性が立っている。 年齢は30代の後半だろうか?夕陽に照らされたその表情はベテラン女優のように美しく、才知に溢れているように堂々としているが、 とても親しみ易さを感じる。 「航海制限…?何かあったのですか?まだ、友人の乗ったヨットが帰ってなくて…」と、釣られるように言葉を返した奈緒美に対し、 その女性は小首を傾げた。 「あら、じゃあ、お昼前に出航したのかしら?…とにかく心配ね。いいわ、こちらへいらっしゃい…探してあげましょう!」 誘われるままに後を着いて行くと、そこには一隻の大きな船…海上自衛隊の最新式レーダー艦が停泊していた。  彼女は敬礼で迎える警備の自衛官に一言、二言事情を説明してから奈緒美を振り返り、「すぐに見つかるわ」と案外真剣な顔で告げた。 後から聞いたところによると、この貴婦人は誠望女子大学に在籍する宇宙物理学博士の萩原教授だそうである。 萩原教授率いる誠望女子大物理学研究チームは、日本政府の依頼により、父島近海に落下した隕石と群発する海底火山の因果関係の調査に 来ているのだ。 「この船には各種のレーダーがついていてね、近海ならば泳いでいる人間でも探知できるはずよ。 ヨットならば、すぐに見つかるから安心してね…ほらっ、見つかったみたいよ!」  レーダー艦から駆け下りて来た自衛官が、きちっとした敬礼とともに報告を始めた。 「萩原教授…報告します!お探しのヨットかどうか不明ですが、1630より問題の浅瀬で立ち往生している船が一隻あるようです。 先程、座礁した旨の連絡があったのですが、現在は交信が途絶えております。救難信号は出ておりませんので、 人命に異常はないとは思いますが、遭難の可能性も有りますから、一応レスキューチームをヘリで急行させるべく準備させております。 引き続き呼びかけておりますので、詳細についてはもう少々お待ち下さい!」 報告を受けた萩原教授が心配そうに奈緒美を振り返ったが、逆に奈緒美は笑顔で萩原教授にお礼を言った。 「良かった…いましたね。あっ、救助は結構です…ありがとうございました…」 奈緒美は行方が判っただけで安心した。何かあったとしても、自分がミレイヤとなり飛んでいけば心配無い。 そもそも、無線に応答しないのは、偶然、船の中に居ないだけであろう。 「えっ、全然良くないわ!遭難の可能性もあるのよ…一体…貴方…もしかして…?」  そこまで言いかけた萩原教授は、自衛官が控えているのが気になるのか、言葉を途中で飲み込んだ。 それから奈緒美の肩を恋人のように引き寄せながら艦の入り口を指差した。 「判ったわ…ヘリは止めましょう。ところで、私達もヨットのいる浅瀬まで調査に行くけど…もし、良ければ、 貴方も乗って行ったらどうかしら?浅瀬まで30分位の距離だし、紅子ちゃんとも途中で落ち合うし…」 「よろしければ…お邪魔します。でも、紅子さん…てっ?」  萩原教授はブレスレット型の腕時計をチラッと見てから、少し意外そうに目を見張った。 「あらっ、それじゃ…紅子ちゃんとは初対面なのね? いいわ、紹介しましょう! 是非、貴方に会ってもらいたい人よ… きっと仲良くなれるはずだわ!」 「はっ、はい!」  奈緒美が頷いた時、レーダー艦がスクリュー音を発し、出航を告げる汽笛が響いた。  目的地に遭難の可能性があると知ったレーダー艦は、予定を早めて出航するのであった。 ***つづく