平成15年3月21日・初版

ラスキア・ミレイヤ・フォルティア「ファーストコンタクト」第2章/妄想博士・著

ひとしきりホエールウオッチングを楽しんだ真理達は、何もかも染めてしまうほどの真っ赤な夕焼けに照らされながら、 父島への帰路に着いていた。現在位置は島からは30分程の距離なので、夕日の中での入港が期待出来る。 空気が綺麗だと、こんなに景色も美しい…一同が自然の美しさに、うっとりしている時、突然凄まじい衝撃がヨットを突き上げるように 襲って来た…浅瀬だ。 (ガリッ! ガリガリッ!) 「あっ、こっ、これは…危ない!」 「…うわっ…!」 「なっ、何…きゃあ〜!」 周りに捕まる物の無かった真理は、船室の壁に身体を叩きつけられた。不意を突かれた為に、真理でさえも受身を取るのが精一杯。 美香と風下に到っては、身体を投げ出されたまま船室を転げまわっている。 「こっ、こんなところに…浅瀬が…いけない、座礁してしまう!」  舵を取っている信也は必死にハンドルにしがみつきながら、回避操作を行っていたが、ヨットのコントロールは完全に不能になっている。 (ガンッ! ガッツ…ズンッ…ズッズズッ…) かなりスピードが出ていただけに、ヨットは海面をドンドンとバウンドしてから、グラリと揺れ、つんのめるように停止した。 完全に浅瀬に乗り上げてしまったようだ…。 「うっ、う〜ん…みっ、みんな…大丈夫か?」  ハンドルで支えていたにもかかわらず、身体をしたたかぶつけた信也が、フラフラと起き上がりながら無事を確認している。 「ふうっ…大丈夫よ…!」 「私も…平気よ!」 「あっ、痛あ〜! でっ、でも…怪我はないみたいだぞ…」 割合に元気な声で全員が答えた。不幸中の幸いは全員が船室の中にいたことである。外ならヨットから振り落とされていたかも 知れないからだ。  全員に怪我が無いことを確認した信也は、いくらか冷静になったのか、海図を引っ張り出すと、テーブルの上に広げ、 無線のスイッチを入れた。 「うう〜ん、おかしいな…やはり、この近辺に浅瀬は無いはずなのに…!まずいな…完全に座礁してしまったみたいだ! とにかく、無線で救援を呼ばないと…」  一人外の様子を眺めていた風下が、自然の脅威に感心したように、呑気な声をあげた。 「あれっ、丁度引き潮なのかな…段々地面が見えてくるぞ。あっ、岩が…もう島になっちゃった。」 「えっ、どれどれ…本当だ!これなら降りて船底の傷が確認出来るな。よし、美香…俺達は浅瀬に降りて傷の確認だ! 風下さんと真理ちゃんは一応、無線で事故を知らせてくれないか?救難信号を出すのは、傷を調べてからにしないと、後で面倒になる…」 信也と美香はデッキから飛び出すと、梯子を伝って島に下りていった。 「(ピー、ガー)もしもし! もしもし! ハロー! ハロー!(ピー)うう〜ん、駄目だ…繋がらない! もしも〜し!  誰か聞こえませんかあ〜? 変だなあ…(ガー)」 幾ら、やっても応答が無い…。 風下は必死で、周波数を変えながら交信を試みている。半ば焼け気味に無線機を弄り回す風下を見かねた真理は、 ヘッドセットを奪うようにして通信係を交代した。自分でやったほうが早そうである。 「ハロー、ハロー!キャン・ユー・ヒィア・ミー?もしもし…誰か聞こえますか?(ガー)」 中々連絡が取れないものの…真理はさほど焦ってはいなかった。ラスキアに変身すれば、この程度の事故は大事ではない。 底に傷が無ければ、船を持ち上げ海に戻せるし、三人くらいなら、抱えたまま飛んで港まで戻れるのだ。 「こちら、ウィング・オブ・サーモン!誰か聞こえませんか?(ピー)」 「ハロー!(ガー)こちら、海上自衛隊…ウイング・オブ・サーモン号…どうしましたか?」 「あっ、出た!所長…出ましたよ…あれっ?どこに行ったのかしら…?」 真理はヘッドセットを外しながら振り向いたが、今まで其処にいた風下がいつの間にか居なくなっている。 信也達を手伝いにヨットの外へ出たようだ。 風下を探すべく、ヨットの外に視線を走らせた真理だったが、視線はいびつな形をした岩場でぴたりと止まった。  とてつもない邪悪な気配を感じたのだ。 真理は自衛隊の呼びかけに応答しながら、風下達を見つけた。  ヨットの外の風下達も同じ気配を感じたようで、岩場を確認する為に近づいているようだ。風下、信也、美香の三人がヨットから離れて、 歩いていくのが見える。 「居た!居た! でも、あの岩…なんか怪しいわ。 あっ!あれは…」  なんと…突然、岩の中央が扉のように開くと、数人の邪鬼が現れて来たのだ。 「なんで邪鬼がこんなところにいるのよ? あのままじゃ、みんな捕まってしまうわ…そう、変身よ!」  外されたレシーバーからは自衛隊の呼びかけが流れている。 「こちら自衛隊…ウイング・オブ・サーモン号! 何かあったのですか? そちらの位置は? もしも〜し!」  真理はヘッドセットをかなぐり捨てると、外から隠れるように壁際に身を移し、こめかみに指を当て眼を閉じて叫んだ。 「ティアラアップ!」  額に黄金のティアラが現れると、真理は両手を下で交差し叫んだ。 「チェ〜ンジ・ラスキア!」 真理の身体が光に包まれ、純白に赤青のカラーを施した俊敏なデザインの強化コスチュームが生成される。 腰には邪悪な力に対抗するためのパワーを生み出すパワーベルト。そして、愛くるしいアイドルから美少女戦士の表情へ変化させる 強化ゴーグルも同時に作り出される。 体を覆った光りが飛び散るように消えると、真理の身体は正義のティアラヒロイン…流星天使ラスキアに変っていた。 ラスキアは船室から飛び出して、一気に飛んだ。 格闘技の心得の無い風下、ひ弱そうな信也、それに女性の美香では、岩から飛び出してきた邪鬼達対抗出来るはずも無い。 たちまち屈強な邪鬼によって取り押さえられてしまい、ハンカチで口を塞がれていく。クロロホルムが塗ってあるらしく、 信也と美香は次々にぐったりとしていく。 「お前ら…何者だ?なっ、何をするのだ!むっ、う〜ん…!」 「きゃあ〜! んっ、ん〜ん…」  いよいよ次は風下の番。 「何で邪鬼が…!くっそう…放せ!あっ、ラスキア!」  「ラスキアキィ〜ック!(バキッ!)」 風下を捕えていた邪鬼が突然数メートルも吹っ飛んだ。 物凄い打撃音に、その場の邪鬼が全員振り向いた。邪鬼の表情があっという間に緊張感に包まれる。 流星をイメージさせるコスチュームがよほど薄手に出来ているのか、足元から長く伸びる夕陽に映し出されたラスキアの影は 見事なまでの曲線美を描いている。 「さあ、邪鬼…みんなを放しなさい!今度は私が相手よ!トイヤッ!」  ラスキアは長く美しい足を思い切り伸ばすと、信也を捕まえている邪鬼にハイキックを見舞い、返す刀で美香を押さえつけた邪鬼にも 水平チョップを繰り出した。 「(バキッ!)ぐはっ!」 「(ビシッ!)ぐほっ!」 「うっ、2号、3号…大丈夫か? おいっ、みんな…ラスキアをやっつけろ! 掛かれ!」  電光石火の攻撃に一旦、色を無くした邪鬼達だったが、すぐに身構えると一斉に襲い掛かって来た。 「ふ〜ん! いいわ、相手になってあげるけど…手加減なんかしないわよ。さあ、覚悟しなさい! ラスキアキッ〜クッ!トイヤ!(バキン!)ラスキアパア〜ンチ!ハアッ!(ドカッ!)さあ、次は誰かしら? 貴方ね…ラスキアチョッ〜プ!」  スピード、パワーともにラスキアに比べると邪鬼達は数段下である。邪鬼達は彼女に触ることすら出来ないのだ。 ラスキアが技を繰り出すと、邪鬼は次々に吹っ飛ぶか、その場で崩れるようにへたり込んでしまい、 あっという間に束になりのたうち廻った。ラスキアは埃を払うように二、三度手をはたくと、腰に手をあて邪鬼の前に立ちはだかった。 「どうかしら、ラスキアパワーのお味は…?あら、まだやる気?それならこうよ(ポッキン!)」 再び襲い掛かってきた邪鬼の角をラスキアは軽々とへし折った。これを見ていたリーダー格の邪鬼があわてて止めに入った。  「ううっ、人質も取り返されてしまったのか!全員止めろ!我々の力では…歯が立たない!」 眠らされている信也達と風下を背に、ラスキアは邪鬼の前に立ちはだかった。これなら飛び道具でもない限り、 邪鬼達に勝算は無いはずだ…まさに完勝である。 邪鬼達の弱きを見て取ったラスキアは、倒れたままのリーダー格の邪鬼に近づくと、膝に手をあて前かがみになって話し掛けた。 背後にいる風下に形の良いヒップを突き出す姿勢にはなるが、ラスキア自身気分が良いので、多少のサービスショットも 許してあげるつもりだ。 「邪鬼、無駄な抵抗は止めなさい!うふふっ、そうだ、ついでに理由も教えてもらいましょう!そもそもなんでこんな場所に 鬼族がいるのかしら?」 「くそっ、そんなこと誰が答えるものか!」 「教えてくれないの?ふ〜ん、それなら仕方がないわ!貴方達全員の角を折った後で、自分で調べて見ましょう。あの岩穴が入り口ね… んっ、なっ、何っ…この妖気は?」  視線を岩穴に移したラスキアは、穴の奥にただならぬ妖気を感じ取った。 それは、邪鬼達とは比較にならない強さで、背筋をひやりとさせるほど不気味なものだ。 「ほっ、ほお〜ほっほ!」   まるで発狂しているかのような、けたたましい女性の笑い声が岩穴の奥から響いて来たかと思うと、 一人の鬼が岩場の入り口から姿を見せた。 「ああっ、妖鬼様!」 その姿を見た途端、一斉に邪鬼達がその場にひれ伏した。 生き血で染められたような真っ赤な髪の毛と小さな角。鬼の基本である虎皮のパンツとタンクトップを身に纏い、 黒い革のロングスパッツとサポーターで素肌の露出を隠している。SM店の女王様御用達タイプのコスチュームが 邪悪な雰囲気を高めている。 そして、はっとするような美しい顔をしているのに、その表情は何かを呪ってでもいるように冷たく醒めているところなどは まさに鬼の中の鬼である。 これが夜盗鬼族の首領…妖鬼。 ただ、単純な腕力の強さを武器にする夜盗鬼族の首領にしては、意外に小柄で華奢、その上まだ二十歳前後の若さに見えるほど若い。 しかも、その甲高い声とタンクトップの胸がむっちりと盛り上がっているところを見るとやはり女性の鬼なのだ。 ラスキアは妖鬼を必要以上に崇拝している邪鬼達の姿勢が気になっている。大勢は決しているものの、一応戦闘中…にもかかわらず、 妖鬼が現れただけで、すっかり無視をされた格好になってしまっていたからだ。 確かに首領なのだから、それなりには強いのかも知れないが、どう見ても妖鬼には自分以上のパワーがありそうには見えない。  (何よ…ただの小娘じゃない…なのに、なんでそんなに邪鬼達が従うの?) 「ほっほっほ!それにしても人質さえ獲れぬほど、お前達が無能とは…やっ、あの船は?でも何故こんなところに…、 んっ、そこで倒れている人間は…?邪鬼1号…まさか貴様達が危害を加えたのではないだろうな?」  初めは呆れたように邪鬼を叱り付けている妖鬼だったが、傍らに倒れている信也と美香の姿を見付けた途端、 突然その口調が叱責に変わった。 「はっ、はあ…人質にする為、クロロホルムで眠らせたのですが…それが何か?」 妖鬼に睨まれた邪鬼1号はおどおどしている。  ラスキアに劣勢なことは別として、人間を失神させるくらい、鬼族として当然のことなのだから、妖鬼に怒られる理由が判らないのだろう。 「なっ、なんということを…たわけっ!貴様だけは許さぬ…さあ、狂え!むんっ!」 「なっ、何故?うっ、うああ〜!熱い…燃える!ぐうっ…重い…潰されるっ!げえっ!今度は…ぎゃあ〜落ちる、 何処までも落ちていく〜!」 妖鬼は何もしていない。ただ、妖鬼の瞳が金色に輝き、邪鬼1号を睨んでいるだけだ。 魅入られたように妖鬼の瞳を見つめた邪鬼1号は、直立不動の姿勢のままで絶叫すると、表情を恐怖に歪ませ、 崩れるように倒れてしまった。苦悶の表情のまま倒れた邪鬼1号はピクリとも動かない。どうやら発狂死したようだ。 余りの凄惨さに…他の邪鬼達は処刑の理由を確認することすら、出来ずに立ちすくんでいる。 妖鬼は他の邪鬼達には目もくれず、ラスキアに視線を移した。 「ほっほっほ、つまらないものを見せてしまったようですね…ラスキア!さあ、今度はお前達の番です…覚悟しなさい!」 妖鬼の瞳に強力な幻覚作用を見て取ったラスキアは、あわてて視線をそらすと背後の風下に振り返りながら叫んだ。 「所長…目を閉じて!あの目を見ちゃ駄目!」  だが、折角の忠告も間に合わなかったようだ。風下の瞳には既に金色の光が反射している。妖鬼によって捕えられてしまったのだ。 「ああっ、もう見てる…!まっ、まずい!」 慌てて風下の視界を遮ろうとしたラスキアだったが、もう間に合わない。風下は瞳の中に妖鬼だけを映しながら、 へなへなと崩れるように座り込んでしまった。背後からラスキアに妖鬼の冷たい笑い声が響く。 「ほっほっほ…ラスキア…動くのはお止しなさい!動くとその男がどういうことになるのか、貴方なら判るはずですよね?」 (ああっ、所長が発狂死させられる…) たった今見た修羅場がラスキアの脳裏に蘇る。あっという間の形勢逆転だ。 基本的に遠距離から人質をとられてはどうしようも無い。それにこの妖鬼は、赤鬼や青鬼と違って、隙が無ければ容赦も無い。 先程の邪鬼の処刑で判るように、従わないとすぐにでも風下を発狂死させてしまうかも知れないのだ。  「わっ、判ったわ! おとなしくするから、所長に…人間に術を懸けるのは止めなさい!」 ラスキアはしぶしぶと両手を挙げながら、背中の妖鬼に無抵抗を表明した。  「ほほお…随分と簡単に降伏しましたね!さすがは流星天使ラスキア…正義のティアラヒロインたる者、潔くなければなりませんからね! よろしい…その潔さに免じて、チャンスを与えてあげましょう。これから全ての邪鬼をKOすれば、このイケていない男もろとも 自由にして上げましょう。」 「ただ、本気を出されては邪鬼達に勝ち目が無いのでハンデが必要。…そうね、ラスキアは足を使ってはいけないことにでもしましょうか? 少しでも足が地面から離れたら、この男を地獄に送ってあげるということで…さあ、邪鬼達よ…痛めつけてあげなさい!」  妖鬼の命令が下されると、横合いから一斉に邪鬼達が襲い掛かって来る。   風下の瞳が金色に輝いている間は妖鬼に従うしかない。キックとジャンプを封じ込まれたラスキアは摺足で体勢を整えながら、 上半身だけで邪鬼達に対抗していく。 「しっ、仕方無いわ!(ドスッ!)むうっ…くっ、もう来た!はあっ、ラスキアパン〜チ!えいっ、ラスキアチョップ、トイヤッ!」 「ラスキア覚悟しろ…げほっ!」 「さっきのお礼だ…ふぐっ!」 摺足でノロノロと動くラスキアだが、邪鬼の攻撃をまともにくらったのは最初の一発だけ。後は全てブロックすると、 パンチとチョップで反撃をしていく。 「ほっほっほ…そうら3号…今だ…ううん!4号…相手を良く見て…ぬっうう!ええい、何で前から攻めるのです? ラスキアは案山子も同然、背後から攻めなさい!そう6号…そこで押さえつけて…ああっ、何をしているのです!」 ヒステリックな声で妖鬼から指示が飛ぶものの、邪鬼のスピードとパワーならば腕だけで対抗出来る。 ラスキアは前面の邪鬼をパンチとチョップで払いのけ、背後の邪鬼を肘打ちで倒しながら、摺足で妖鬼にじりじりと近づいた。  夜盗鬼族の約束ほど当てにならないものは無い、そう信じているラスキアはゲームをルール通りに決着するつもりなど全く無い。 一旦降伏したのは、あの時点では他に手が無かったことも事実だが、時間を稼ぐ意味合いもある。 それにあろうことか、妖鬼の方から下らないゲームを提案してくれたのだ。これは逆転の種を蒔いてくれた様なものである。  ラスキアの作戦は邪鬼達をあしらいつつ、妖鬼に接近し、ラスキア・ジャンピング・キックによって一気に勝負を仕掛けるものだ。 ただ、風下に術を掛ける時間を与える訳にはいかないので、攻撃は奇襲でなければならない。  先程の邪鬼処刑を見る限り、飛び上がってから妖鬼を蹴るまで0.1秒程度でないと成功はおぼつかないから、 最長でも妖鬼まで10メートル以内に近づく必要がある。  蹴り飛ばすことが出来ないまでも、妖鬼の視線を一瞬でもそらすことが出来れば、風下は人質から解放される。  後はパワー対パワー。そうなれば妖鬼に敗れる自分ではない。 そこまで計算しながら妖鬼との距離を詰めるラスキアだったが、後一歩のところで、妖鬼がすうっと逃げるように位置を変えてしまった。 (ううん、残念!もう少しだったのに!もう一度…やり直しだわ!) 並べてきたドミノを、完成目前で崩されてしまったかのような気分を味わいながら、ラスキアはもう一度チャンスを作らなくてはならない。 幸いにして妖鬼は熱くなって指示を出しているから、ラスキアの企みに気付いているようには思えない。 束になって襲い掛かって来る邪鬼達を、上半身のみで弾き飛ばしながら、ラスキアは再度妖鬼ににじり寄っていく。 「ほっほっほ、ラスキア…足を地面から離したら、判っていますね?それにしても邪鬼達の何たる弱さ… ええい、待て待て…ハンデの変更をしましょう。ラスキアはこの目隠しをしなさい…いいですね…勘だけで闘うのですよ。  ほっほっほ…これなら、少しは違うでしょう!」   妖鬼は風下の視線を捕えたままで、ラスキアの足元へ黒いアイマスクを放り投げた。 「なっ、何ですって…卑怯よ!こんなものを着けたら…まるで戦いにならないわ!」 「審判はこの私、妖鬼です。抗議は受け付けません。それでも文句があるのなら…ほっほっほ…判ってますねラスキア! さあ、早くマスクをつけなさい!邪鬼達…遠慮は無用です。今度こそしっかりやりなさい!」  妖鬼の言葉に従うしかないラスキアは、しぶしぶと足元のアイマスクを拾い上げると、ゴーグルの上に装着した。 「真っ暗!これじゃ何にも見えない…、(バキッ!)はうっ!(ドスッ!)痛っ!くっ、このままじゃ…やられちゃう!」 摺足の上、視界を塞がれてはさすがに辛い。たちまち何発かの攻撃を食らい、ラスキアの肉体に衝撃が走った。  よろめきながらも、一旦体勢を立て直したラスキアは、状況を打開するために精神を統一した。  ティアラヒロインは普通の人間に比べ、五感に優れ、学習能力が高い。落ち着いて考えれば、足音、空気の動き、 これまでの攻撃パターン等から、邪鬼の打つ手が直接目視よりも読めてくる。 襲い掛かってくる邪鬼の気配を前後に感じた、ラスキアはパンチとエルボーを放った。 「今度こそ倒してやる!(バキッ!)ほげっ!」 「そうら、後ろだ…ラスキア!(ズコッ!)ぐううっ!」 心の目と腕だけで闘うラスキアは、再びジリジリと妖鬼に近寄っていく。妖鬼だけに…妖気の強さが邪鬼とは数段違う。 目隠しをされたラスキアでもはっきりと妖鬼の位置を掴むことが出来た。 (そう…この調子で! 後…1メートル…50センチ。 あっ、ああっ!) 強烈に感じていた邪悪な気配がすうっと遠くなる。またしても妖鬼が位置を変えたに違いない。  「(バキッ!)あうっ!(バシッ!)はうっ!」  妖鬼の気配に気をとられていると、横合いから邪鬼のパンチやキックが飛んでくる。今はハンデを付けられた上での戦闘中なのだ。  ラスキアは勘だけでパンチとチョップを繰り出すと、邪鬼を弾き飛ばして、摺足で妖鬼への接近をまた再開する。  「ほっほっほ…さすがはラスキア…大した強さですね。それなら、もう一つハンデを付けましょう。 今度は両手を頭の後ろで組んで…そう、もう手出しは無用です。交わすだけですよ!」  妖鬼から新ハンデを伝えられた邪鬼達の気配がまたしても近づき、ラスキアに攻撃を加える。 「(バキッ!)くうっ!(ドンッ!)はうっ!ひっ、卑怯よ…これは、もう戦闘では無いわ!」 容赦の無いハンデに対して抗議をしたところで、聞き入れられるはずもない。 (もう、よけることしか出来ない…) ラスキアは邪鬼の打撃技へのガードを諦め、寝技に持ち込まれることだけを注意した。  「それならば…抱きついてやる…おっと!」 「ふっふっふ、いくぞラスキア!そおら〜、おっおっと…!」 勢い良く飛び掛って来る邪鬼達を身体を捻ることでやり過ごしながら、ラスキアは更に妖鬼への距離を詰めていく。 じりじりとした時間を過していたラスキアだったが、今度こそはフライングキックの射程距離に入ることが出来た。 一段と熱を帯びた妖鬼の叱咤を聞きながら、ラスキアはもう一度距離を確認した。9.9m…間違いない。 やはり、先程までの移動はただの偶然。妖鬼はラスキアの意図には一向に気付いていなかったようだ。  ラスキアは軽く膝を曲げると、鋭角に大地を蹴った。  「よし、今よ…ラスキア・フライング・キィィ〜ック! はっ、所長だ…危ない!」 空中でアイマスクをかなぐり捨てて瞳を開いて見ると…ラスキアキックの先には妖鬼ではなく、なんと風下が立っている。 ラスキア・フライング・キックの威力はフルスピードのダンプカーが激突するよりも遥かに上だ。 普通の人間がまともにくらえばただでは済まない。  慌てたラスキアは寸でのところで身体を捻り、風下の足元にストンと降り立った。 わずか数センチの差で風下を回避したラスキアは、安堵に胸を撫で下ろしながら、「一体いつの間に入れ替わったのだろう?」と 風下を見ながら一瞬考えた。 ただ、奇襲攻撃の目的は妖鬼の視線を風下から逸らすことにある。とりあえず疑問を棚上げにしたラスキアは、 風下を背にして妖鬼の姿を追い求めた。  書くと長くはなるが、時間にしてみればわずか一秒足らずの間の出来事だ。風下は棒立ちになってはいたが、その瞳から金色の輝きは 消えていたから、もう妖鬼が術をかける暇はない。 「さあ、これで振出よ!妖鬼っ、勝負…てっ、あれっ!?あっちにも所長がいる…」  なんと反対側にも棒立ちになったままの風下がいる。混乱したラスキアは、もう一度、背後の風下を振り返った。  背後の風下はニヤリと表情を歪めると、おもむろに黒いステッキを取り出し、ラスキアの腰をポンと叩いた。 「はっ、何っ?(バリッ・バリッ・バリッ!)あっ、ああっ、ベルトが…!」 黒いステッキから派手に火花が散ると同時に、パアンッと渇いた音をたてながらバックルが外れ、 パワーベルトがラスキアの腰から滑り落ちた。  このようなことが起こるのは高圧電流が流れた場合だけである。  パワーベルトはラスキアの感電とパワーベルト本体のショートを防ぐ為に、高圧電流が流れると、それを吸収しながら自動的に 外れる仕組になっている。 ただ、効果は一回限り。そして、パワーベルトが外れてしまえば、ラスキアに高圧電流への防御方は無い。 感電は逃れたものの、突然のことで状況把握が出来ていないラスキアは、再び伸びて来る黒いステッキを視界の隅で捉えながら、 疑問を口にするのが精一杯だった。  「何で!?どうして所長が高圧電流を…一体?(バリッ・バリッ・バリッ)きゃあああ〜!うっう〜う…(ビリビリッ・ビリッ!) あっ、はああああ〜!うっ…はあはあ…」 今度は全くのノーガード。ラスキアはどうすることも出来ないまま、二度も電撃をまともに浴びてしまった。  一度目の電撃では、肉体の隅々まで電気が走り、個々の細胞が狂ったように踊り始め、一旦間を置いた後に襲って来た二度目の電撃では、 素肌を覆う強化コスチュームが乳首と股間だけを残し弾き飛び、ボロボロに張り裂けた。  二度の感電による激しい身震いの後、半裸のラスキアはバランス感覚を失い、その場にペタリと尻餅をつくように座り込んでしまった。  無論、細胞は踊り疲れたかのように活動を休止してしまっているから、全身はだるく、完全に麻痺している。  グイと髪を引かれ上を向くと、風下が周りを見回しながら、得意そうに喋っている。いつもと違う冷ややかな声。 いや、この冷たさは妖鬼の声そのものだ。 「ほっほっほ、見ましたか…邪鬼達よ!このように不意を突いて闘えばティアラヒロインなどは他愛もないもの…よく覚えておきなさい!」 言葉が終わらぬ内に風下の顔が醜く歪んだかと思うと、みるみる端整に整っていき、そこにはなんと…妖鬼の顔が現れた。  「アイマスクをしている間に所長に化けていたのね…こんなことならフライングキックを決めておけば…」 後悔したラスキアだったが、今は動くことも出来ない。嘲笑うかのようにラスキアを見下ろす妖鬼は諭すように語りかけて来た。 「ほっほっほ…ラスキア、一つ勉強になりましたね。奇襲攻撃とはこのように相手の虚を突くのが基本です。 貴方のように無闇に近づき、瞬時に勝負すれば良いというものではありませんよ!」  完全に読まれていた…。それに、パワーベルトが外れていては、何もかも万事休すである。 「さて、ラスキア…貴方はルールを破りました。本来ならば、約束通りあの男を発狂させるところですが、 それは私の本意ではありませんから…そう、貴方にペナルティを課しましょう!ほっほっほ、大変ですよ…私のペナルティは!」  妖鬼は黒いステッキの先でラスキアの巨乳に軽く触れると、そのまま這わせて、ボロボロになって肌に張り付いているコスチュームを 剥がし始めた。辛うじて隠れていた乳首がペロンと顔を出す。 「それにしても…可愛い顔のくせに随分と美味しそうな肉体をしていますね。よろしい、ペナルティは体で償って貰うことにしましょう …おや、ピンクの乳首が立っていますよ。ほっほっほ、いけませんねえ…負けたときには謙虚にならなければいけないのに、 まるで抵抗するかのように小生意気にピンと…!これでは、お仕置きをしなければなりませんね!」   妖鬼は冷酷な笑みを浮かべながら、ステッキのグリップを捻った。どうやら電流の加減を最高値に調節したようだ。 「(ビリッ・ビリビリッ!)きゃあああ〜!はあはあ…(ビリッ・ビリッ!)はっううっ〜う!はあはあ…止めて〜 (ビリッ・ビリッ・ビリッ!)うっ、はぁああ〜あ!うっう〜ん……」 分子の結合が不安定になったのか、豊満な肉体の振動に耐えられなくなったのか、ボロボロのコスチュームは引き裂かれるかのように 全て四散していく。 何回も繰り返される電撃に、ラスキアは剥き出しになった巨乳を激しく揺らし、あらわになった陰毛を逆立てながら、力の限り痙攣し、 搾り出すような悲鳴をあげた。 薄れ行く意識の中で妖鬼の声が聞こえる…。 「ほっほっほ、白目を剥いて涎を垂らしながら失神とは…なんとも無様なものです。さて、電流はこれくらいにしておいてあげましょうね。 後は私の仕込みで子種を受け入れ易い身体にしてから、もっと激しく痙攣してもらわないといけませんからね…。 邪鬼2号…ラスキアを牢獄に吊るして置きなさい!その他の者はヨットの修理、それからそこで寝ている男と女をヨットに 寝かせておきなさい!いいのです…狂った1号の替わりは、そこで棒立ちになっているイケてない男を連れて行くのです! ほっほっほ、正義感に溢れている男…優秀な邪鬼になりますよ…」 様々な指示を与える妖鬼の前で、ラスキアは自分の身体がフッと宙に浮いたように感じた。 (ああっ、一糸纏わぬ姿のまま、岩穴へ運ばれていく…。このままでは何度も何度も痙攣させられる…しかも電流ではなく、邪鬼達に…。 ああっ、どうすれば…) ここまで考えたところで、ラスキアは思考能力を失った。それほどまでに、これから行われる陵辱と電撃のダメージはラスキアにとって 絶望的なものだったのだ。 ***つづく