平成15年4月4日・初版

ラスキア・ミレイヤ・フォルティア「ファーストコンタクト」第3章/妄想博士・著

大きな船だけに、港の中ではもどかしげに動いていたものの、本気を出せば全然違う。 体感スピードはそれほどではないものの、実際はモーターボートよりも遥かに早いのは軍艦ならではことだし、海面を切り裂き、 波頭を粉砕しながら進むパワーは豪快そのものだ。 もちろん最大戦速時に民間人が甲板へ上がることは禁止されている。 不慣れな者だと振り落とされてしまう場合があるからだ。 奈緒美を乗せた最新式のレーダー艦は、沖に出てから水を得た魚のごとく猛スピードで疾走を始めていた。   浅瀬までのわずかな時間を潰すため、コーヒーをご馳走になることにした奈緒美は招かれるままに萩原教授の私室に入って行った。 アルミ製で無粋な作りのコーヒーカップを持ちながら、部屋の前に誰も居ないことを確認した萩原教授は扉に鍵を閉めると、 ささやくように問い掛けてきた。 「さっきは訊きそびれてしまったけど、ここなら大丈夫!貴方は…ええっと?」 「あっ、ごめんなさい!奈緒美です…松原奈緒美…東京から来ました。仕事は…」 慌てて始めた自己紹介を手で制した萩原教授は、一瞬だけ笑顔を見せると真剣なまなざしになった。 「そういうことではなくて…。そうね、ズバリ訊きましょう…貴方は銀河連邦のどの部門から派遣されたの?」 「えっ?銀河…連邦…!」 突然の質問に大声を出しかけた奈緒美は意味を悟り声をひそめた。 奈緒美=聖天使ミレイヤは銀河系の出身ではないから、銀河連邦とは関係ない。宇宙組織の知識を持っているから、 その名を知っているだけだ。  (ただ…銀河連邦の存在自体を普通の地球人が知っているわけが無い…。一体この人は?)  優秀なのかもしれないが、どう見ても普通の地球人である萩原教授を奈緒美は一瞬警戒した。 疑惑を予想していたかように、萩原教授はにっこり微笑むと、腕をまくってブレスレットを見せた。 「これで信用してもらえるかしら?」 ブレスレットには小さな純白の宝石が輝いている。 「ジャスティス・ストーン…!」 銀河連邦がIDカードの代わりとして属する者に発行するこの宝石は、着用者の正義感を色で表現する特徴をもっている事で 全宇宙的に有名だ。萩原教授のストーンは一片のかげりも無く、真っ白な輝きを放っている。 これは、邪悪なことを全く考えていない、銀河連邦から選抜された珍しい地球人であることを証明している。 「あっ、判りました…疑ったりしてごめんなさい!ただ私は銀河連邦の者ではないので、地球にもエージェントがいるなんて知らなくて…。 銀河連邦も中々やりますね!」 「信じてもらえてありがとう!でも、私の方も奈緒美さんに謝らないと…。実はさっきストーンを使って貴方を勝手にテストしたのよ。 肩を組んだことを覚えている?あの時ストーンを使ったの…」 「うふふ…中々手回し良いですね。これで、私の潔白も証明されているのですね?」 萩原教授はニッコリ微笑むと、袖を下ろしてストーンを隠しながら言った。 「ふふふっ、それはもちろん…ただね、それだけじゃないの。奈緒美さんの場合、ストーンが黄金に変色したのよ。 銀河連邦でも無いのに紅子ちゃんと同じ反応があるなんて…。改めて宇宙は広いと感心しているわ!」 ストーンが黄金になるのはティアラヒロインならではの特性である。どうやら萩原教授の身辺にも、紅子という仮名を使った ティアラヒロインがいるようだ。  奈緒美は紅子のことを詳しく知りたくなったが、組織の違いを思い出し、萩原教授への質問を止めた。 銀河連邦やアンドロメダ連邦が其々の星政府機関の集合体であるのに対し、ティアラヒロインは特殊能力を使った 個人活動のようなものである。宇宙の平和を守るという共通目的があるとは言っても、組織の手前、余り詳しく説明するのは得策ではない。 これは難民を救助する共通目的で、国連という公式機関と、NPO等の非営利団体が全く別の活動を行う構図と良く似ている。 しばしば国連が資金力や軍事力を笠に着てNPOの行動を制限し、そのくせ情報を持ち小回りの効くNPOの方が現地では 頼りにされる状況も酷似している。 NPOを経験した者が国連に所属することが出来るように、紅子はティアラヒロインでありながら銀河連邦のエージェントとして 活躍しているのだろう。ただ、上記の理由から、おそらく萩原教授にはティアラヒロインであることを告げてはいないはずである。 話の内容を銀河連邦からそらしたい奈緒美は、座礁したヨットに話を戻し、現在この近海で起こっていることについて 尋ねてみることにした。そもそも航海制限は普通のことではない。 「実はね…最近この近海で小さな群発地震が発生してるのだけど…」 すっかり奈緒美を信頼している萩原教授は事細かに説明してくれた。 要旨はこうである。 この近海で地殻変動が起こり群発地震と海底の自然隆起が発生している。本来なら群発地震は宇宙物理学とは関係無いのだが、 その原因が萩原教授の仮説に寄れば、何万年も前に落下した隕石が発する強力な磁気にあるようなのだ。 事態を重く見た日本政府は、海上自衛隊の派遣とともに、萩原チームによる調査を依頼した来たということなのだ。 問題の磁気の源はヨットの座礁した浅瀬の付近が中心らしい。   「なるほど…海図に出てない浅瀬が突然出来れば危険ですね。航海制限にもなるのも無理ないわ。ただ、原因は意外ですね… 隕石って地殻変動を起せるほど強い磁気を発するものですか?」 「そうね、仮説だからなんとも言えないけれど、実はこの仮説、私のものと言っても、銀河連邦の受け売りなのよ。  それだけに信憑性は有るし、宇宙は広いから…。それから直接の裏づけにはならないけれど、もう一つ気になることがあるの…」 「えっ、なんですか?」 姿勢を正した萩原教授は続けた。 「鬼を乗せた船が何かを捜索しているとの目撃情報があるの…もちろん、噂のレベルだから幻かも知れないけれど…。 奈緒美さんは夜盗鬼族のこと、知っているのかしら?」 「ええっ〜鬼族!もちろん知ってます…鬼族が出て来ているなら、その隕石に何かあるに違いない。それに…」 奈緒美は途中で言葉を飲み込んで、心の中で反芻した。 (それに…鬼族が現れているのなら、真理達はただの立ち往生ではない。一刻も早く助けに行かないと…)  先程までは連絡がとれなくても心配ではなかったが、鬼族が出没している場所での不通となると話は別…。 不安がみるみる心の中で膨れ上がり、奈緒美は居ても立ってもいられなくなった。 「奈緒美さん…焦らないで!鬼族のことは紅子ちゃんが来たら、一緒に…」 奈緒美の焦りに気付いたのか、萩原教授は身を乗り出した…そのとき、船内インターホンが鳴り、萩原教授へ報告が入った。 「ピー、萩原教授、萩原教授…報告します。調査チームの萩原講師と永井助手のヘリがまもなく東京より到着致します。 通信が繋がっておりますので受話器をおとり下さい。」 「あっ、紅子ちゃん達が着くみたいね!ちょっと失礼…」 「もしもし、ご苦労様…こちら萩原です。えっ、もう上空…判りました。それでは着艦したら、すぐに私の部屋まで下りてきてね! 紅子ちゃんに合わせたい人がいるの…。あれっ?!あっ、奈緒美さん…何処へ行くのっ?」  萩原教授の声を背中に部屋を飛び出した奈緒美は、人気の無いデッキまで出ると、そのままの勢いで海に向かって身を投げた。  海面へ落下しながら、奈緒美は両手の指先を伸ばして、両方の中指をこめかみにあてた。 「ティアラ・アップ!」 すると額が輝き、金色のティアラが現れる。  続けて胸の前で腕をクロスし、そして両手を広げた。 「チェンジ・ミレイヤ!」 掛け声と同時に、奈緒美の身体は光に包まれ、海面でバウンドしたように空中に跳ね上がると、猛スピードで艦を後にした。 光の中から現れたのはマントをはためかせ大空を飛ぶ…聖天使ミレイヤだ。  「真理、所長…すぐに行くから…もう少し待っていて!」   ミレイヤフライングは時速300km…高速レーダー艦の数倍のスピードだ。ミレイヤはあっという間に問題の浅瀬に到着した。  上空からヨットを見付けたミレイヤはひらりと甲板に着地し、船室の扉を開いた。 「真理?所長? どこに居るの? あっ、邪鬼!」 ミレイヤが船室に入ると、中には二人の邪鬼がいて、若い男女を床に横たえたところのようだった。 この二人がおそらく真理が電話で話していた信也と美香らしい。 「うっ! きっ、貴様はミレイヤ!」 「どっ、どうしてここが…?」 ミレイヤは純白のパンティーが丸見えになるくらい足を高く上げると、邪鬼達が身構えるより早く回し蹴りを繰り出した。 「ミレイヤ・ローリングキッ〜ク!」  遠心力と足首のスナップを利用して放たれたキックは、綺麗な円を描きながら、完璧に邪鬼の顔面を連続して捉えた。 「ぐはっ!」 「げほっ!」 二つの悲鳴をその場に残し、邪鬼達は思い思いの方向へ吹っ飛んだ。技が切れているせいか、ミレイヤはいつもより手応えを感じている。 「ぐうっ…くそっ、なんてパワーだ!邪鬼5号…大丈夫か?」 「ううっ…邪鬼4号…これは手強いぞ!注意して掛かれ!」  ヨット全体を震わせるほどの勢いで背中を壁に叩き付けた邪鬼達は、互いに励ましあいながら身構え突進してきた。 「まだやる気ね?いいわ…今度は手加減しないわよ!トイヤ!」 ミレイヤは一旦沈み込むと、伸び上がる勢いを利用して後方空中回転…いわゆるバック宙をした。 空中で反り返った上半身よりも一瞬遅れ、振り上げられた左右の足が同じ軌跡を辿っていく。  「げはっ!」 「ぐひっ!」 顎を狙ったミレイヤのタイミングより一瞬早く突っ込んで来たために、右足は邪鬼4号の股間を捉え、 そのまま天井まで蹴り上げる形となった。邪鬼4号はボキッ!という鈍い音と共に低い天井で角を折り、 床に跳ね返ると船室の外へ飛んでいった。 左アッパーカットの要領で顎をしたたか蹴り上げられた邪鬼5号は、クルリと上下逆さまになりながら、 角で船室の床に一直線のラインを引いていく。そのまま外まで吹っ飛ぶと、マスト柱に股間を激突させてようやく止まった。 もちろん角は折れている。  音も無く着地したミレイヤは、自分のことながらバック宙の完璧さに満足した。 「決まったわ…ねぇ、今のバック宙…どうだった?あれっ、もう気絶してるの?あっ、いけない、やっちゃった…!」 邪鬼達は一瞬の内に男の急所と鬼の急所を攻撃され、泡を吹きながら失神している。  角を折った邪鬼は、人間として再生されるまで意識をとり戻すことは無い。無論、すぐに再生される訳ではないし、 人間の姿を取り戻した時には邪鬼の頃の記憶は失ってしまう。とにかくここまで完璧にKOしてしまうと、 邪鬼達に真理達の行方を尋問することが出来ないのだ。 「う〜ん…私としたことが…仕方が無いな〜、あんまり人間に無理させるのは本意ではないのだけど…」 ミレイヤは傍らで横たわっている若い男女の横にかがみ込むと、男の上半身を抱き起しながら呼びかけた。  「しっかりして…私はミレイヤ!貴方が信也さんね?貴方達を助けに来たの!」 「ううん…誰…ミレイヤ?うっ、ううん…僕は信也…ぐうっ…」 「あっ、また寝ちゃった…なんか薬を嗅がされているのね!ねえっ、しっかりして!お願い、信也さん!教えて…真理は何処へ行ったの? 風下所長は?」 「うっ、うん…岩穴から鬼が…ううん…」  「岩穴?!」 すっくと立ち上がったミレイヤは船室を後にすると、甲板に出て周囲を見渡した。ヨットから少し離れた海の向こうの大きな岩に ポッカリと穴が空いている。邪悪な雰囲気のする岩穴といえばあそこしかない。 ヨットから下りてみると、ブーツのかかとが海水に浸かる程度でその下は岩盤。特別深みもなさそうだ。 海の向こう…と言ってもおそらく岩穴は干潮時には同じ浅瀬の内で陸続きになっているようだから、このまま徒歩でもいけるはずだ。  ミレイヤは周囲に注意を払いながら岩へ向かった。丁度潮が満ちて来る時間のようで、岩穴の傍まで来た時には、 足首まで海水に洗われていた。 「なるほど…ここなら鬼族が潜んでいてもおかしくないわ。」 岩穴の中は暗く、邪悪な臭気で満ちている。ミレイヤは用心深く一回周囲を見渡すと、岩穴へ潜入した。  岩穴は天然の岩で構成されていて、ジメジメとした空気の澱む真っ暗なトンネルになっていた。 ただ、満潮時には海水で洗われてしまうせいか、通路は岩の上に薄い砂の積もっているだけで歩き易くなっている。 ティアラヒロインは暗闇の中でもある程度暗視が効くため、これなら何不自由なく先を急ぐことが出来る。  しばらくトンネルを進むと、突然、壁に突き当たった。右手には頑丈そうな扉がある。ハンドルのある船舶ハッチ用の防水扉だ。 ただ、高い段の上にあり、海水で洗われた跡が無いところを見ると、満潮になっても海水が浸入することはないようだ。 どうやら万一の浸水を防ぐためだけにつけられた扉なのだろう。 ミレイヤはハンドルをゆっくり回し、扉を開くと、体を滑り込ませた。 (スッー…バタン! ガチッ!)  防水扉は自動的に閉まり、ハンドルが回転し、ロックされた。注意深く見回して見たが、監視装置はついていないし、 内側からも開閉出来るようだから、特別な罠ではないようだ。  内側は荒削りではあるもののコンクリートで固められた完全な人工トンネル。意外にトンネルは浅いようで、 奥からぼおっと灯りが洩れているから、暗いことは暗いものの戸惑う必要も無い。 ミレイヤは足音を立てないようにしながら奥に進んでみた。  「うっう〜ん、うん・うん・うん…」 「おーほっほっほ!ほっほ・ほっほ…」 壁に反響するせいでよく聴き取れないが、甘く官能的な悶え声と狂ったような笑い声が奥から響いてくる。 「この声は…ラスキアのもの?一体、何が…?」 トンネルの突き当たりには左右に扉がついていた。左は鉄格子の牢屋。ただ、誰も入れられてはいない。 右は核心の部屋らしく、トンネルの入り口と同じような防水扉がついている。入り口の扉と違うのは、ハンドルの代わりに 円形のガラス窓が着いている点だ。岩穴の奥深くであるために、それほど厳重にする必要もないのだろう。 とにかく灯りはガラス窓から洩れていたし、かすかな声も扉の向こう側から洩れている。  ミレイヤは扉の影に身を隠しながら中の様子をのぞいて見た。  ガラス窓の向こうは設備の整った部屋かと思いきや、まるで一戸建てでも新築しているくらいの広さの…いわゆる工事現場だった。 大きな柱に邪魔されて全体を確認することは出来ないが、凡その景観は判る。 急に着工したのか、地面は海水によって堆積された砂のままだし、壁や天井は岩盤が剥き出しのままだ。 ただ、落盤を支える梁と柱だけはしっかりとしており、照明である松明の灯りが隅々まで届いているところなどは、 まるで時代物映画のセットを連想させる。何かの発掘作業を目的としているようで、簡易工事に似つかわしくない大きなドリルと 旧式のクレーンが置いてあり、作業部分と思われる場所には青いシートが地面に敷かれたように掛けられている。  (一体、こんなところで何を掘っているのかしら?あっ、邪鬼がいた!) 地面に腰掛けた邪鬼の姿も見える。何かを見つめニタニタと淫らな笑みを浮かべているが、何を見ているのかは柱の影で判らない。 ミレイヤは扉に耳を当てて、精神を集中した。柱の裏で行われていることが知りたい。 「ううっ、う〜ん…はあはあ…いやあ〜ん!嫌なのに…何で、何で疼いちゃうのお〜?駄目、駄目え〜…はあはあ… 全部ポイントを衝いてくるう〜!うっう〜ん!」  やはりラスキアの声…ただ、状況的には囚われて拷問に合っている筈なのに、その声は何処と無く、甘く艶かしい。 「ほっほっほ、私は女ですよ…ラスキア! どうすれば貴方が思い切り感じて、どうすれば貴方の肉体が全開になるのか… 目をつぶっていても判ります。」 抑揚の無い冷たく響くこの声の持ち主は?  鬼族に女性が居るとは…誰?  一体、ラスキアに何をしているの?  幾つかの疑問が頭の中を過ぎったが、全ては柱の影でここからでは確かめることが出来ない。  囚われたラスキアをすぐにでも助けなくてはならないミレイヤは、扉を破り中へ踊り込もうとしたが、寸前で思い留まった。 チャンスは一度しかないのだ。 扉を開ければ、中の邪鬼達全員に気付かれてしまう。そうなれば不死身のラスキアは別として、一緒に拉致された風下が危険にさらされる。 ラスキアが拷問にまで合うということは、人質になった真理や風下が喉元に刃物を突きつけられていても不思議ではないということだ。 まずは真理と風下の安全確保…ただ、真理の姿も、風下の姿も柱の影で確認は出来ない。 (ごめんね、ラスキア! もう少し辛抱して!) 焦るミレイヤだったが気分を落ち着けるために、一度深呼吸をすると改めて耳を澄まし中の様子を伺った。 拷問もかなり佳境に入ったようで、ラスキアの声がより激しく、より苦しげに、そしてより淫らになっている。 「うっ、うう〜ん…そこは…あっ、あうっ、はあ〜ん!やめっ、やめえ〜ああ〜ん!」 ティアラヒロインであるミレイヤが聴いても、ゾクッと来る様な艶かしい悲鳴。かなりラスキアは追い込まれているようだ。 ミレイヤは拳を握り締めた。 「ほっほっほ…乳首を立たせながら、腰をクネクネさせて泣き叫ぶとは…あのティアラヒロインが随分といやらしい姿をするものですね。 ただ、少し声が大きい…邪鬼2号、ギャグボールを噛ませてやりなさい…よろしい。さあ、一度完璧に昇天させてあげましょう。 そして、その後は…邪鬼達の慰み者となるのです。おや…バイブの準備は出来ていますか?」 正体不明の鬼族の女。その声に聴きなれた邪鬼のダミ声が反応する。ただ、いつに無く何かに怯えたように低姿勢だ。  「申し訳ありません…こうなるとは思っておらず…バイブの用意まではして参りませんでした。」 「あなた方は、全く…何から何まで使えませんね。仕方がありません…指だけで…いえ、そう言えば私が良い物を持っていました。 ほっほっほ、ごらんなさい、このコケシを…ただの民芸品ですから振動はしませんが、十分でしょう。 記念のものではあるけれど今更惜しくもありません。これで最大級の屈辱をラスキアに与えられるなら、このコケシも本望というもの… ラスキアいかがです?そうら、入りますよ…そうら、そうら!ほっほっほ…!」   拷問があってコケシがあれば、ラスキアの身の上に何が起こっているかは見えなくとも想像出来る。 そしてミレイヤはこの手の責めにラスキアが慣れていないことも知っている。事実、ラスキアの声はギャグボールを 噛まされているせいもあるが、全く言葉になってはおらず、盛りのついた牝猫のようにただ唸り、ただ悶えるだけになった。 「むぐう!むんっ、むむむっ〜ん!ん〜!んっん〜ん、くうう〜、んっん〜…!はあはあ…」 おっおーという邪鬼達の歓声とともに、一際長いラスキアの雄叫びが響き渡ると、喘ぎ声はピタリと止み、荒い息遣いだけになった。 どうやら、思い切り昇天させられたらしい。 「おやおや…白目を剥いてビクビクと痙攣しながら、こんなに潮を吹くとは…いけない娘だこと。 ほっほっほ、オマケに失神ですか…ティアラヒロインも大したことありませんね。まあよろしい…この後、お仕置きを兼ねて たっぷりと本番で鍛えてあげましょう!んっ、何を騒いでいるのです?」 このとき柱の影から、聴きなれた風下の声が聞こえてきた。やはり、扉の向こうに居るらしい。 「ラスキアになんてことをするんだ…この野郎!(バキッ!)痛っ、放せ!(ドカッ!)うっ、う〜ん…(バタン!)」 ほんの少しだけ格闘があったようだが、風下の声は気絶する時の間抜けなうめき声を最後に聞こえなくなってしまった。 邪鬼達にあっという間にのされたのだろう。  (初めは威勢が良かったのに…やっぱり駄目か。まあ非力な所長では無理も無いけど…)  気を取り直して扉の向こうに集中すると、また、女の冷たい声が聞こえる。 「ほっほっほ、無駄な抵抗とはこのことですね。さて、誰からですか?準備が出来たら遠慮は無用、たっぷりとラスキアに子種を 与えておやりなさい!その間に私はそのイケてない男を邪鬼に変えることにしましょう。邪鬼3号…男をガラス管まで運びなさい。」  チャンス! イケてない男と言えば風下のことに違いない。また、幸いなことにガラス管は扉の傍…これならすぐに風下を確保出来る。 ガラス窓を通して邪鬼に背負われた風下を確認すると、ミレイヤは助走をつけて牢屋の鉄格子を蹴り、反動を利用して扉を蹴破った。 「聖天使ミレイヤ参上!ミレイヤキイッ〜ク!トイヤッ!」 突然の侵入に怯んだ邪鬼3号の背中から、風下を奪い取ったミレイヤは、間髪を入れずミレイヤキックを放った。 邪鬼3号は簡単に吹っ飛ぶ。 風下を庇いながら柱の影を見ると、ラスキアが全裸で四肢を伸ばしたまま、円形磔に拘束されている。 ガックリと首を反らしたまま動かないところをみると、完全に失神させられているようだ。 瞬間、ミレイヤの怒りは頂点に達した。 「夜盗鬼族!今日という今日は…絶対に許さないわ!覚悟しなさい!ミレイヤパア〜ンチ!ミレイヤキィ〜ク!  トイヤッ!ハア〜、トイヤッ!」 怒りでアドレナリンが大量に分泌したミレイヤは、まさに無敵のスーパーヒロイン。しかも今日は自分でも呆れるくらい技が切れている。 しなやかに伸ばしたつま先や、優雅に振り下ろす手刀が、襲い掛かって来る邪鬼達の顔面やみぞおちを次々に捉えた。 「ぐほっ!」 「ぐっはあ〜」 「ぎゃひ!」 「どひゃ!」 「つっ、強過ぎる…げはっ!」 9人の邪鬼による攻撃を悉く数倍のオマケをつけて刎ね返したミレイヤは、手の平にふう〜と息をかけると、再度身構えた。 「さあ、準備が出来たら、どこからでも掛かっていらっしゃい!今度は全員角を折ってあげるわ!」 「ほっほっほ…さすがは聖天使ミレイヤですね。邪鬼では格が違い過ぎたようです!今度は私が相手になりましょう! おっと、ご挨拶がまだのようでした…私が夜盗鬼族の首領…妖鬼!以後お見知りおきを…ほっほっほ!」 のた打ち回る邪鬼達の前に女の鬼…妖鬼が進み出た。これが例の冷たい声の持ち主で鬼族唯一の女性。 ただ、ラスキアをあそこまで追い込むくらいだから、女とは言え、油断は禁物だ。ミレイヤは注意深く距離を取りながら、 妖鬼の力を目で測った。  目の前の妖鬼は、確かに敏捷に動けるだけの若さを持ち、スタイル抜群の肉体はパワーを秘めていそうで、 冷酷でずるがしこそうな頭脳を持つ者特有の美貌をもっている。だがそれは人間と比較しての話であって、 ティアラヒロインのレベルではない。 だとすれば、何か別の技を持っているはず…それで無ければラスキアを捕らえる事など出来るはずが無いし、 力の有無が全ての鬼族をここまで掌握することは出来ないはずだ。 妖鬼の出方を色々思案しながら、ミレイヤは徐々に距離を詰めていく。そのとき、妖鬼の瞳がギラリと金色に輝いた。 「あっ、幻術!」 とっさに妖鬼の技を見抜いたミレイヤは、幻覚に落ちないよう視線を逸らした。 「ほっほっほ…さすがはティアラヒロイン、やはり見抜きましたか…。それにラスキアの時と違って、そこのイケてない男も寝たまま… どうやらこの技は通用しないようですね?」 (なるほど…ラスキアの敗因は所長が幻覚に落ちたせいなのね。もぉ、所長ったら、一体何回人質になれば気が済むの? 全く…頼りになんないな〜) 心の中では風下に呆れつつも、ミレイヤは妖鬼に対して警戒を緩めた訳ではない。 視線は交わしていないものの、両者のにらみ合いが続いている。そして、またしても妖鬼が動いた。 「ほっほっほ、私としたことが…大事なことを忘れていました。ミレイヤ…私達がここで何をしているのか、知りたくは有りませんか? もし、知りたくなくても、教えてあげましょう!これを掘っていたのです!むんっ!」 妖鬼は手の平を翳し、手招きをするようにひらひらと動かした。 バサッという音が聞こえたかと思うと、現場に敷いてあった青いシートが捲くれ上がり、掘っていたものが姿を現した。 ふた抱えもありそうな大きな岩…所々に透明に透けた水晶をちりばめているような隕石のようだ。  初めは妖鬼の行動に「簡単な念力も使える」くらいの認識しか覚えなかったミレイヤだったが、 透明な水晶らしき部分が緑色に変色していくのを見た途端、自分が圧倒的なピンチに立たされたことに気が付いた。 「あっあ〜、そっ、それは…メテオクリスタル!ああっ…力が…抜ける…」 言葉とともに冷汗がどっと滲み出たがもう遅い。みるみる力が抜けて、気持ちの張りが無くなって行くのを知りながら、 ミレイヤはどうすることも出来なかった。  メテオクリスタルは今から、約6500年前に地球に落下した巨大隕石に大量に含まれていた謎の物質である。 優れた身体能力を持つ生物が近くにいると、生体エネルギーを吸収してしまうミレイヤの唯一の弱点である。 「ほっほっほ…どうですか…このメテオクリスタル隕石は?海底地震で隆起した地層にこんなに大きなものが埋まっていたとは、 私達も驚きました。何せ探知機の針が振り切れるほどの磁力を出してましたからね。 案外、地震の原因もこの隕石が発する磁力にあるのかも知れません…まあ、それはどうでもことです。と にかくこれで、貴方の敗北も決定したようです。後はラスキアと同じように私が 肉体を作って上げましょう。ほっほっほ、性奴隷ミレイヤ…たっぷりと女の喜びを噛み締めなさい!」 冷酷そうな笑みを浮かべながら、妖鬼がブーツの足音を響かせ、近づいて来る。 誰かが水さえかけてくれれば、メテオクリスタルのエネルギー吸収を止めることが出来るのだが、磔のラスキアと気絶している風下では 期待することも出来ない。完全に体力と希望を失ったミレイヤは、全身麻痺状態のままなす術も無く、その場にへたり込んでしまった。  「うっ、う〜ん…だるい。うっ、止めて…来ないで!ああっ、どうすればいいの?」 ぼやけていく視界の中で、妖鬼が何か黒い棒の様なものを取り出し、振りかざした。次の瞬間、麻痺しているミレイヤの肉体に 強烈な電撃が走った。 「(バリバリバリ…!)うっ、わああ〜あっ!う〜ん…はあはあ…やっ、止めて!(バリッ、バリバリッ…!)くっ、きゃあああ〜! うっ、うっう〜ん…はあはあ…」 髪の毛が全て逆立つような痙攣をした途端、豊満な肉体を包んでいた強化コスチュームが、電圧に耐え切れずビリビリと裂けていく。 妖鬼の前に肉体の全てを晒し出したミレイヤだったが、羞恥を感じる暇もないまま激しい電撃の中で踊り狂った。 「おやおや、ミレイヤ…貴方も随分と立派なボディをしていますね。その巨乳…ラスキアとどちらが大きいのでしょう? そしてその茂みの奥の感度はラスキアと比べてどうなのでしょう?ほっほっほ…色々と試すことが増えたようですね。 まあいいでしょう…これだけの素材ですから、簡単に仕上がっても面白くありません!」  薄れ行く意識の中で、唯一聞こえるのは勝ち誇った妖鬼の言葉だけである。 「さて、それではミレイヤをたっぷりと仕込んであげることにしましょう。それから、そこのイケてない男を牢屋に入れて置きなさい。 ほっほっほ、ラスキアを仕込んだ時、初めは涎を垂らしながら、食い入るように見入っていたくせに、途中から何を思ったのか、 いきなり暴れだしましたから…まあ、人間の抵抗などささやかなものですが、邪魔にはなりますね。 それに見物出来ずに悔しがらせることは、その男にとって拷問に等しいかもしれません…邪鬼5号、 折角です、目覚めさせてから連れていきなさい!後の者は磔の用意ですね…それでは全員掛かりなさい!」 ラスキアの磔の隣に同じリング型の磔が用意され、ミレイヤは二人の邪鬼により半失神のまま引きずり起され、空の磔に運ばれていく。 背後では折角助けた風下が再び邪鬼の手に落ち、往復ビンタをくらっているようだ。どうやら風下は失神から目覚めているようで、 「うっ〜ん…」という間延びした声まで聞こえて来る。  磔に手首を留められる時になっても、クリスタルの影響で動けなくなった肉体は全く力が入らない。磔の金属的な冷たさすら感じることが 出来ないのは、感電により感覚すら失ってしまったからだ。ただ、完全ストライキを起しているミレイヤの肉体の中で、巨乳と股間だけが 何かを期待でもしているかのように疼き、徐々に熱を帯びてくる。  (ああっ、このままでは…! いやらしい肉体に仕上げられた後で、ラスキアと一緒に何度も犯されてしまう…神様…どうしたらいいの?) 何一つ打開策を見出すことの出来ないミレイヤは、絶望の中で瞳を閉じて神に祈った。  そのとき奇跡が…いや、後から考えれば、偶然ではないのだが、少なくともこの時のミレイヤには、とてつもない奇跡が 起こったように感じた。 出入り口まで運ばれた風下が、何を思ったのか邪鬼を振り払うと、出入り口の防水扉を手前に引いた。 その途端、ゴオッーという音と共に大量の水が流れ込んで来た。水は津波のように押し寄せると、部屋の中を暴れ回り、 隕石の穴へどっと流れ込んでいる。勢いで、扉に跳ね飛ばされた風下が空中から叫んでいる。 「今だ、ミレイヤ!(ドッボ〜ン!)」  みるみる体力が回復し、肉体が自由に動く。ミレイヤは腕に力を入れ、手首の拘束を引き千切った。 そして頭のティアラに触れながら叫んだ。  「ドレスアップ!」 変身の時と同じように、光がミレイヤの肌を包み、強化コスチュームに変化していく。 剥き出しになっていた巨乳がコスチュームに収まると、ミレイヤは傍で海水に足をとられてふらついている二人の邪鬼に キックを見舞った。 「さあ、行くわよ!ミレイヤキッ〜ク!(バキッ!)ミレイヤ〜ソバット!(ドスッ!)…あれっ?」 炸裂したミレイヤの連続技に、邪鬼達はもんどりうって吹っ飛ぶ…はずだったが、短い悲鳴と共にふらついただけで、すぐに身構えた。 クリスタルの効果は消えたものの、感電の後遺症からか、技がまるで切れていない。 「う〜ん…エネルギーが戻るまで、もう少し時間が必要だわ。 はっ、妖鬼は…? それから…所長は?」 海水が流れ込んで来たことは、妖鬼にとって突然の悪夢だったようだ。邪鬼達に指示を出す間も無かったらしく、 どんどん流れ込んでくる海水になす術も無く、ただ憎々しげに隕石と風下を睨んでいる。 派手な水音を立てて風下が落下した場所は隕石の穴。睨まれていることを知っているのか、風下は調子に乗って 隕石に水をバシャバシャかけている。 「何で海水がここまで…潮位が高くても浸水しないはずだし、入り口の防水扉も閉められているはずなのに…。 ああっ、折角発見したメテオクリスタルが溶けていく…。くっ、それもこれも、そこのイケてない男… 貴方がこの部屋の扉を開けたからです。邪鬼にしてしまうつもりだったけれど、気が変わりました!処刑してあげましょう!」 膝まである海水を掻き分けながら、妖鬼が黒いステッキを振りかざし、風下に襲い掛かっていく。並みの人間があの電撃をくらったら ひとたまりも無い。 体力が回復し切っていないミレイヤは風下のところまで飛ぶことが出来ない。 その上、邪鬼にまとわりつかれ救援に向かうことが出来ない。叫ぶのが精一杯だ。 「所長!妖鬼が…!そんなことしていないで…逃げてえ〜!」 振り向いた風下の表情が恐怖に歪む。逃げようとしたが、足がもつれて動けないようだ。 難なく風下に追いついた妖鬼が黒いステッキを振り下ろした瞬間、ミレイヤは目を閉じた。 ミレイヤ…同時に地球での姿「松原奈緒美」の頭の中に、風下と過した日々がフラッシュバックのように流れた。 アクノ企画の面接で、心から自分を歓迎してくれたこと…。 スプリンクラーを作動させ逆転のきっかけを作ってくれたこと…。 貧乏なくせに、給料だけは絶対に払ってくれたこと…。 いつも胸やお尻を盗み見しながら、ニヤニヤしていたこと…。 特別なことは無かったけれど、とても楽しく素敵な日々を地球で過せたのは、結局全部風下のお陰だったのだ。  だが、自分はその風下を守ることが出来なかった。ミレイヤは頬を伝う熱い涙を感じながら、心より風下に詫びた。 (所長…いえ、風下…達也さん。本当に、本当にごめんね!夜盗鬼族とのいざこざに貴方を引き込んだのも私の責任。 それなのに、私は貴方の命を守ることが出来なかった。 もう、私はティアラヒロインとして資格がない…本当にごめんなさい。私は異星人だから、天国で会えるかどうか判らないけど、 少しだけ先に行って安らかに眠っていて下さい。最後になるけど、楽しかった沢山の思い出…本当にありがとう…そして…さようなら…) ミレイヤが涙で滲んだ瞳を開いた時、そこには…。 ***つづく