平成15年4月11日・初版

ラスキア・ミレイヤ・フォルティア「ファーストコンタクト」第4章/妄想博士・著

ミレイヤが涙で滲んだ瞳を開いた時、そこには…風下が黒焦げの肉塊に変わり果てていた。 …と続けなくてはならない場面だが、そう簡単に書き出すことは出来ない。 著者の方にも色々制約があり、なにより小説にはつじつまを合わせる必要があるのだ。 そこでここまで読んで頂いた方には大変恐縮だが、もう一度、時間を前に戻し、少しだけお付き合いをお願いすることにしよう。 場面は、ミレイヤがレーダー艦より飛び立った直後、丁度、紅子がレーダー艦に到着したときのことだ。 海底地震の調査のため、萩原教授率いる聖望大学宇宙物理学研究チームが、父島近海に派遣されたのだが、準備が万全だったわけではない。 いつもながらの日和見・御都合主義の日本政府が今回の依頼主なだけに、調査派遣も後追い泥縄的に決定されたからだ。 本来であれば、他のチームに代行させたいところだが、調査内容が自分の仮説の証明であることと、政府機関への義理もあり、 断り切れない萩原教授は自ら陣頭指揮を買って出ることにした。 ただ、萩原教授は超有名人。普段から秒単位の仕事をこなしているから、スケジュール調整を任された同大講師で姪の萩原紅子と、 助手兼秘書の永井さくらの苦労は並大抵ではなかった。 顔の見えない論説や代役の効く小講演はとにかくとして、TVだけは本当にやっかい。TVニュースの解説やトーク番組の収録が 目白押しなのに、極秘調査であることから、キャンセルの理由を大げさには出来ないのだ。 結果的には、紅子の美貌に目を付けた局側の条件を飲む形で、紅子が萩原教授の代役を務め、無事穴埋めを完了したのだが…。  出演したのは真面目な学術討論番組だったが、「あの美人学者は誰だ?」「もう一度出演…いや今後レギュラーにしろ!」等の電話が 局に相次ぎ、回線をパンクさせてしまうほどの大騒ぎになってしまったのだ。 局の思惑通り、凄まじい反響を残した紅子は逃げるように防衛庁へ駆け込んだ。 こうして、紅子はクタクタになりながら、さくらと共に東京からヘリで輸送され、たった今、レーダー艦に到着したのだった。 カタパルト下のタラップを降りたところで、紅子達は萩原教授とはちあわせになった。 「あっ、萩原名誉教授!永井助手並びに萩原講師…東京の任務を無事終了し、定刻通りただいま到着致しました。 敬礼!」  周囲の空気に飲まれ易い永井さくらが軍隊式の敬礼をしている。  「ごっ、ご苦労様…あの、永井さん…私達は民間人だから、敬礼は必要無いのよ…」  いつものことながら、さくらの行動にはクールな萩原教授も絶句し、こう云うのが精一杯だったようだ。 「ええっ〜! そうなんですか…あっ、違う…イエス・サー…じゃなくて、こういうときは…アイアイ・サー!」 さくらは、周囲の空気に飲まれ易い割りに、空気がまるで読めていない。現に付き添いの自衛官は頭を抱えている。 「さくらさん…あのね、これは米軍の潜水艦ではなくて、日本の自衛隊のレーダー艦なの!それに教授は女性よ…サーは男性の称号でしょ! まあ…そんなことはとにかく…まずは艦内を見学させてもらったら?私は教授に報告があるから…」 後ろから、紅子は教授に助け舟を出した。  「えっ、私だけ…いいんですか〜?それではお言葉に甘えて…いってきま〜す!」 付き添いのハンサムな自衛官の腕を掴むと、さくらは一瞬で廊下から姿を消してしまった。これで萩原教授と二人だけになれる。 二人きりになったことを確かめると、萩原教授の方から早速話が切り出された。 「さて、紅子ちゃん…さくらさんのお守りで疲れてる所を申し訳ないけど…。さっき、ジャスティス・ストーンが紅子ちゃんと同じように 金色に反応する女性と知り合ったのよ。 松原奈緒美さんと言ってね、それは綺麗なお嬢さんよ。 会わせるつもりだったのだけど、どこかに行ってしまって…今、捜そうと思っていたところだったの!」 金色に輝くのはティアラヒロインである証である。 一度も会ったことの無い親戚に異国で出会うと、こんな感じになるのだろうか?(どうせ地球上での仮の名前だろうが…) 松原奈緒美は見ず知らずの相手…にもかかわらず、紅子の心は躍るように弾んだ。  詳しい特徴を訊きたいところではあるが、ぼろが出てもまずい。 なぜなら、萩原教授はティアラヒロインの存在までは知らないし、 無論、紅子=フォルティアであることも知らない。知っているのは紅子が銀河連邦の調査官だということだけだ。 紅子は当り障りの無い訊き方をするしかなかった。 「ええっ…金色ですか?だとすれば…その人、銀河連邦の…?」 萩原教授は、より一層声をひそめて、紅子に答えた。 「それがね…知ってはいたけど、銀河連邦には所属していない星から来た様子なのよ。だから、余計に紅子ちゃんに 会ってもらいたかったのだけど…。鬼族の話をした途端、いきなり部屋を飛び出していったわ。やはり、鬼族を追っているのでしょうね。」 「夜盗鬼族は宇宙のチンピラですから…色んな星から恨まれているはずです。私以外に追う者がいても不思議はありません。 銀河連邦だけでなく、アンドロメダやマゼランも使命手配しているはずだし…もしかしたら奈緒美さんはそちらの所属かも 知れないですね!」 「…だとすれば、鬼族が近海に出没している噂を伝えたのはまずかったかしら?奈緒美さんの仲間が、 例の浅瀬で座礁しているみたいだから…」 萩原教授は言葉を途中で区切った。その顔には明らかに不安が過ぎっている。 (あっ…マズイなぁ〜!)  奈緒美を心配させてしまったことに責任を感じているのだろうが、ここは穏便に済ませてもらわないとならない。 なんと言っても、萩原教授には圧倒的な政治力があるから、武装レスキュー隊の出動でも命じることになると、 却って事が大きくなるからだ。鬼族の場合、基本的に殺人をすることはないが、武装兵力が相手となると…何が起こるか判らない。 紅子は萩原教授を心配させないよう、呑気な仕草で嘘をついた。 「そうですか…。でも、心配は要りませんよ!アンドロメダ連邦でもマゼランでも人間と同じです。空を飛べるわけではないから、 この艦内から外に出ることは絶対に出来ないですもの…!きっと、船酔いでもして…そう言えば私も…ああっ…」 「あらっ…ちょっと!紅子ちゃん…大丈夫?」 「はっ、はい…ただ、トイレへ…。すいません、教授…少しの間、失礼します!」 紅子はわざとよろけながら廊下を走り、トイレへ向かう振りをした。もちろん、酔ってなどはいない。 廊下の端の階段を駆け上がりながら、誰も居ないことを確かめた紅子は、両手を伸ばし中指を頭の左右のこめかみに当てた。 「ティアラ・アップ!」  紅子が叫ぶと同時に額が輝き、正義のヒロインの象徴、ティアラリングが現れた。  続けて紅子は両手を胸の前でクロスし、左手を上に、右手を下に延ばした。 「チェンジ! フォルティア!」 真紅の光と純白の光が交差し、強化コスチュームが生成され、紅天使フォルティアに変身した。  「フォルティア・フライングッ!」 階段の上はヘリ用のカタパルト。もしもそこに隊員が居たならば、夕陽の残照が乱反射したように見えたかも知れない。  とにかく猛スピードで階段から舞い上がったフォルティアは、みるみる小さくなるカタパルトを後にして、暮れ行く夕陽を追って滑空した。 目指すは…例の浅瀬だ。  丁度、太陽が沈み、星達が姿を見せ始めた頃、フォルティアは浅瀬に到着をした。浅瀬といっても、もう潮が満ちて来る時刻だから、 小さな岩がぽつんと見えるだけで普通の海と変わらない。奈緒美の仲間が乗っているはずのヨットも岩の傍に見える。 波に揺られていないことから、浅瀬に乗り上げているのが判る。 ヨットに降りようとしたとき、フォルティアは誰かに呼び止められたような気がして、夜空を見渡した。 いつの間にか大きな月が自分を照らしている。 「誰?私を呼ぶのは…月の女神様?」 「フォルティア、フォルティア…聞こえますか?私は聖母ティアラ…そう、月から話し掛けています…」 「聖母ティアラ…。月の女神様は本当は聖母ティアラ…とおっしゃるのですね?」 いつもの巨大な存在感と優しく癒される雰囲気。そして、銀河連邦の司令部よりも、遥かに深みのあるアドバイス。 フォルティアにとって、聖母ティアラ(=月の女神)は本当に頼れる存在だ。 「ふふっ…心さえ繋がっていれば、名前なんて…。さて、フォルティア、それよりもお願いがあります。 貴方と同じティアラヒロイン…流星天使ラスキアと聖天使ミレイヤが鬼族に襲われピンチです。協力しておあげなさい!」 「ラスキアとミレイヤ…やっぱりティアラヒロイン!ええっ、もちろん助けます!そのために来たのですから…。ただ…」 フォルティアには初歩的な疑問ある。銀河連邦よりも頼りになり、とてつもなく巨大な雰囲気からして、ティアラの力は半端では無いはず… なのに、ティアラ自身が手を下すことは無く、いつでもアドバイスに留まる。相手が卑怯だけが売りの鬼族ならば尚のこと、 ティアラ自身が直接救った方が早いに違いないのだ。 それにしてもティアラの能力は凄い。フォルティアが疑問を持った途端に、ティアラの声が頭の中で流れた。 「なるほど…フォルティアの疑問は尤もです。いつかは色々なことをお話する必要があるでしょうけど、 今日はこのことだけで十分でしょう。私…聖母ティアラは反物質生命体なのです…」 「反物質生命体…そうか…それで、私のようなティアラヒロインが必要なのですね?」 反物質とは、我々が知り得る全ての物質(無論人体も含む)と正反対の原子構造を持つ物質のことである。物質がプラス、 反物質がマイナスとして考えると、両者が触れ合った瞬間、電気のようにスパークして大爆発が起こるか、プラスとマイナスが 相殺されてゼロになるか、どちらにしても全てが終焉を迎えてしまうのだ。生命体ではないが、物質と反物質のぶつかり合いが 原因とされるがブラックホールだ。  つまり、マイナスの反物質生命体…ティアラはプラスの物質に触れることが出来ない。ただ、反物質であろうが、物質であろうが、 高等な生命体である限り、宇宙の平和を祈る気持ちに変わりはない。そのため、ティアラが唯一コンタクト可能な物質… そのティアラを授けたティアラヒロインを頼りとするのは、極当然のことなのである。 「そういうことです…フォルティア。ただ、このくらいの協力なら出来ますよ。月の引力を変化させて、潮の満ち干きを 調節してあげましょう!さあ、流れ込む海水と共にミレイヤ達を救いなさい!鬼族達は岩穴の奥です。 今回は首領妖鬼が相手…油断して掛かると、隙を突かれますから気をつけなさい!」 一直線に下降を始めたフォルティアは、改めてティアラに呼び止められた。大事な話のようだ。 「あっ、フォルティア…それから、最後にお願いがあります…仮に妖鬼に挑発されても、絶対に深追いしてはいけません。 妖鬼の正体は恨みを持った人間です。貴方は『封印石』を知っていますか?」 「『封印石』…?初めて聞く名前です。それが妖鬼と何か関係があるのですか?」 「封印石には鬼族の大首領の魂が封印されています。ラスキアの星ではこれが『王位継承の証』と呼ばれています」 「あっ…そういえば銀河連邦でも『王位継承の証』の盗難事件は話題になりました。鬼族の大首領の魂が封印されていたなんて… でも、それが妖鬼と…?」 「そう、『封印石』は邪念が存在しないラスキアの星では、身動きが出来ません。その代わり、邪念が渦巻く地球では、 石の状態でも飛び回ることが可能です。その上、封印石は気体に…そう湯気のようなものですが…姿を変え、恨みを持った地球の女性に 憑依します。その憑依された女性が凄まじい邪悪の力を持った鬼族の首領妖鬼となるのです」 「なるほど…妖鬼を倒しても、その『封印石』がある限り、再び別の人間の体を使って別の妖鬼が蘇る…ということですね。 それなら、その石を押さえてしまえば…」 「欲張るのは止めなさい!今のフォルティアの力では、『封印石』を押さえることはおろか、妖鬼の体から取り出すことも 出来ないでしょう!憑依された人間が恨みを持つ限り、『封印石』は白い湯気となって、その者の体に留まり続けるのです。 フォルティア…少し余計なことを話し過ぎました。今回は妖鬼を適当にあしらい、とにかくティアラヒロインを救うことだけ考えなさい。 自分が最後の切り札だということを自覚しなさい…いいですか?貴方まで捕まったら、全てが終わります。十分に気を付けて!」 「はっ…はい!」 ここまではっきり断言されては仕方がない。フォルティアは素直に頷きながら、再び急降下を始めた。 海面の岩を見ると、洞窟のような穴がポッカリと空いている。フォルティアが岩へ向かうと同時に、見る見る海面が上昇し、 岩穴へ海水が流れ込んでいく。フォルティアは海水と水平に飛びながら、岩穴へ侵入していった。  岩穴の突き当りには防水扉がある。フォルティアは拳を突き出し、そのままの勢いで扉に突進した。  「フォルティア・フライング・パアァ〜ンチ!」 わざわざ開閉用のハンドルまで付いている頑丈そうな防水扉だったが、枠の部分が貧弱だったのか、パタンと枠ごと内部に 倒れ込んでしまった。扉で溜まった海水もドッと内部に流れ込んでいく。その勢いはまるで洪水のようだ。  「鬼族達はこの先ね! ただ、急がないと…海水の方が早く着いちゃう! 」 内部は人工トンネルだ。しかも奥からは灯りが洩れている。フォルティアは気を引き締めながら、灯りを目指して水平飛行を続けた。 水より早くトンネルの奥に達したフォルティアは、左手に先程とは異なる防水扉、右手に牢屋を見つけ、鬼族の仕業であることを 改めて確信した。人類の奴隷化を狙う鬼族は、どんな場所でも牢屋を作るからだ。 灯りは防水扉の丸いのぞき窓から洩れている。ようやく着地したフォルティアは、丸窓から中の様子を伺った。 「う〜ん、柱が邪魔で中の様子が判らないわ。あれっ、男の人が邪鬼に連れられて、こちらへ…あの人は普通の人間だわ! あっ、逃げ出した!よ〜し、助けなきゃ…そうそう、こっちへ逃げて来てね!あらっ、すぐに私に気付いてくれるなんて、 随分と勘の良い人間だわ!」 フォルティアは窓を隔てて、その男の視線を捉えると、ウインクしながら手招きをした。海水が凄い勢いで迫っていることもあり、 一旦後ろに下がったフォルティアは、男に防水扉から離れるように目で合図をすると、勢いをつけて扉に体当たりをしようとした。 これなら洪水と共に雪崩れ込むことが出来る。 ただ、何を勘違いしたのか、男は扉を中に引き開けてしまった。 「ああっ、違う…開けたら、跳ね飛ばされちゃう…危ない!(ゴオッ、ドップ〜ン!)きゃああっ〜…凄い!」 半分くらい防水扉が開けられたところに、洪水が達した。勢いで扉ごと男が跳ね飛ばされたのは云うまでもないが、不運なのは、 開いた扉の角度によって水流の方向が変わり、フォルティアにも洪水が襲い掛かってしまったことだ。 なにしろフォルティアが居るのは狭い廊下なのだ。 小さな牢屋はあるが、水の量からすれば問題にならない。防水扉のサイズを超えた海水は、 部屋の中へ流れ込めないから、行き先を失い同じ場所で荒れ狂い渦を巻く。 海水に乗って雪崩れ込む作戦はまんまと外れ、フォルティアは渦巻きの中で揉みくちゃにされてしまった。 「きゃああ〜!痛あ〜い…ブクブク…うっわぁ〜、目が廻るっ!うっ、飲んじゃった…塩辛い!」  ようやく渦巻きが収まり、流れが一定になる。廊下の壁や牢屋の柵に体をしたたか打ち付けたフォルティアは、 ずぶ濡れのまま立ち上がった。ブルブルと体を震わすたびに水滴が飛び散る。 「あんっ〜もう、ついてないなあ〜!全く…何で扉を開くの?それに、この勢い…ティアラ様も手加減というものを知らないんだから…! あっ、そんなことより…」 気を取り直したフォルティアは、部屋の中へ視線を運んだ。 なんと女性の鬼が凄い形相で、先程の男を睨んでいる。強烈な憎しみのオーラを発散しているところを見ると、 あれがティアラの云っていた鬼族の首領…妖鬼に違いない。手にはなにやら仕掛けが有りそうな黒いステッキ。 妖鬼が男の方へ動き始めた。 フォルティアは気配を消しながら飛び上がり、反対の壁を蹴った。その反動を利用して部屋へ飛び込むのだ。 「所長! 妖鬼が…! そんなことしていないで…逃げてえ〜!」 突然、柱の影から叫び声があがった。 ラスキアなのか、ミレイヤなのかは判らないが、この神々しさは…間違いなくティアラヒロインの声域だ。 ただ、これ以上無いほどの悲痛な叫び…きっと男はそのティアラヒロインにとって大事な人間なのだろう。 宙を飛びながらフォルティアは心の中で叫び声に優しく答えた。 (大丈夫…間に合うわ…私に任せて!ステッキを蹴り上げて、男の人を貴方のところまで連れ戻してあげるわ!) ******************************************************************************************************************** ミレイヤが涙で滲んだ瞳を開いた時、そこには…風下のいた場所には、一陣の真紅の風が舞ったように見えた。  「フォルティア〜フライングキイイッ〜ク!(パシッ!)」 風下の頭上数センチのところで、妖鬼のステッキは弾け飛び、風下の姿はまるで風にさらわれる木の葉のように宙に舞い上がった。 真紅の風は物凄い速度で部屋を駆け巡ると、ミレイヤの傍で人間の形に変わった。 真紅のコスチュームに身を包んだ癒し系の美少女。そして頭上には金色に輝く神秘の王冠…ティアラヒロインだ。 真紅のティアラヒロインは胸を撫で下ろしながら、ミレイヤに微笑みかけた。 「ふうっ、心配させちゃったようね…でも、無事で良かったわね!そうそう…はい…この人返すわ!」 襟首を掴まれた風下がミレイヤに差し出された。もちろん何処にも怪我は無く、むしろ生き生きとしている。 ミレイヤは涙を隠すために、風下の頭を胸に埋め込むように抱きしめた。 「もう…どんなに心配したか…」 ミレイヤが風下の無事をどれだけうれしく思ったことか…とても文章などでは表現出来るものではない。 ミレイヤは涙を拭いながら、心から真紅のティアラヒロインと神に感謝した。 「本当にありがとう! 私は聖天使ミレイヤ…貴方は?」  真紅のティアラヒロインはミレイヤに一回ウインクすると、邪鬼達をにらみつけ、すかさず技を繰り出した。 「それでは改めて…紅天使フォルティア参上!夜盗鬼族…覚悟しなさい!フォルティアキイッ〜クッ!(ドスッ!) トイヤッ!(バキッ!)」 真紅のミニスカートがまくれ、なぜか其処だけ純白のパンティーから伸びたしなやかな足は、的確に二人の邪鬼を捉え弾き飛ばしていく。 フォルティアの早業に見とれていたミレイヤだったが、感心をしている場合ではない。 ラスキアを救出しなければならないし、恐るべき敵…妖鬼は健在だ。  「所長!ラスキアをお願い!トウッ!」 ミレイヤはいつまでも胸の谷間に顔を埋めている風下を引き剥がすと、磔のラスキアまで投げ飛ばした。 エネルギーは順調に回復しつつある…ミレイヤは次第にみなぎってくるパワーを感じながら、フォルティアとともに 邪鬼達に立ち向かっていった。ミレイヤとフォルティアという二枚の壁に守られながら、風下はラスキアの拘束を解き始めている。 全裸の…ラスキアの救出は役得になってしまうから、ミレイヤはすぐに毛布のような物をラスキアに巻きつくよう投げていた。 これで風下にとってそれほど刺激にはならないはずだ。  膝まである海水をものともせず、襲い掛かる邪鬼達を、フォルティアと共に鉄壁のごとくはね返していくミレイヤだったが、 時間が気になる。 肩を並べて闘っているフォルティアから聴いたところ、もうすぐこの部屋は海水で満たされてしまうのだ。 「所長、早く!水嵩がドンドン増えていくわ!早くしないと、部屋ごと海の中よ!」 入り口から海水が流れ込んで来ているのは、判っているようで、風下も焦っている。既に最後の左足枷を外しにかかっている。 「よし!(パチン!)外れた!ラスキアの救助は完了だよ…ミレイヤ!」 未だ失神したままのラスキアを支えながら風下が叫んだ。 ミレイヤが振り向いた時、フォルティアは鬼族最後の一人…妖鬼と睨み合っていた。すでに水嵩はおへそまでの高さになっている。 「高圧電流ステッキを失った妖鬼の技は幻術よ!瞳の輝きに気をつけて…フォルティア!」 「ええ、大丈夫よ…ミレイヤ!ただ、隙を見せない処は、さすがに鬼族の首領…赤鬼や青鬼とは大違いね!」 幻術にかかってしまう恐れがあるため、ミレイヤは妖鬼の表情を伺うことは出来ない。二人のティアラヒロインにビビッているのか…、 それとも未だに余裕の笑みを浮かべているのか…。ただ、相変わらずの冷たい声の雰囲気は間違いなく後者…そ れも強がっているようには思えない。 「ほっほっほ、貴方達の方こそ隙がありませんよ…ミレイヤとフォルティア!見事に互いの死角を消し合っています。 ただ、睨みあったままでは何も面白くありません。こちらから攻撃をさせてもらいましょう!ムンッ…金縛り…」 妖鬼が何かを念ずるような唸りを上げた。  その瞬間、ドッという轟音とともに強烈な波が入り口から押し寄せ、まるで一人だけを狙っているかのように、妖鬼に襲い掛かった。  「…の術!やあっ、あっ…うっ、ぎゃあああ〜…(ザブンッ、ザッパ〜ン!)」 どんなに妖鬼が強くても、大自然のパワーの前には遠く及ばない。大波が、放たれるはずの術もろとも、妖鬼を飲み込み、押し流した。 一瞬で妖鬼の姿が目の前から消えてしまったのだ。 「ああっ、波が…何処?この水嵩では、妖鬼の行方が…判らないわ!」 「ミレイヤ…いいのよ。この際、妖鬼は放って置きましょう!それより、早くここから脱出しないと…」 「そうね!判ったわ!あっ、真理は…?」 「ミレイヤ…それも大丈夫!ここにはもう鬼族しかいないわ!」 ミレイヤはフォルティアの言葉に大きく頷くと、胸まである海水を掻き分けながら、風下の近くへ行った。 こうしている間にも、ドンドン海水が部屋へ流れ込んで来る。後2〜3分もすれば、部屋はとにかく、天井の低いトンネルが完全に 水没してしまうだろう。そうなると水圧の関係で脱出が困難になる。 「所長…ラスキアはフォルティアに任せて、私につかまって!ミレイヤフライングで天井と水面の隙間を飛んで行きましょう! 準備はいい?行くわよ…!」 ラスキアを抱えたフォルティアに続き、風下を抱いたミレイヤが宙に舞い上がり、水飛沫を上げながら出入り口を潜り抜けた。 トンネルは既に濁流が流れ込む水路と化していて、凄まじい音を立てている。この水圧ではティアラヒロインであっても、 先程の妖鬼同様、押し流されてしまいそうだ。ミレイヤは背筋にひやりとしたものを感じながら、低い天井と水面とのわずかな隙間を 猛スピードで滑空していく。  目の前を飛ぶフォルティアが、純白のパンティーをチラチラ見せながら、右に急旋回した。どうやら人工トンネルの入り口、 最初の防水扉の付近まで来たようだ。自分が締めたはずの防水扉は影も形も無くなっている。 (そうか…フォルティアが扉を破壊してくれたのね!あの扉が閉められたままなら、メテオクリスタルの効果で、 どんなことになっていたか…)  ミレイヤがあられもない自分の姿を想像した時、海の音が聞こえた。岩穴の出口だ。 ******************************************************************************************************************** 岩穴の外は、既に夜の闇に包まれていた。  浅瀬も満潮のために一面の海と化していて、岩穴の上部だけが海面からわずかに出ているだけである。 ラスキアを担いだフォルティアがジャンプをして、ヨットに飛び移る。 「所長…飛ぶわよ!トイヤッ!」 風下はミレイヤに猫のように襟首を掴れ、宙に引きずり上げられた。 (ドッ…グニャ!) ヨットに着地したと同時に何かを踏んだような感触がして足元を見ると、そこには邪鬼が倒れている。 驚いた風下に対し、ミレイヤは平然とその上を跨いでいく。どうやらこれはミレイヤの仕業なのだろう。  見渡すとマスト柱に逆立ちになって寄り掛かっている邪鬼もいる。こちらは船室から逆さまでぶっ飛ばされたようで、 船室から一直線の傷跡を付けている。 傷跡の端には邪鬼の角があるところを見ると、床の傷跡が時折、金色に光っているのは、摩擦で角が磨り減ったせいなのだろうか? 両方の邪鬼はピクリとも動かないので、死んでいるのか、失神しているだけなのかは判らないが、角を失っている以上、 大した脅威にはならない。 「駄目だわ…スクリューが空回りして…動かない!ミレイヤ…お願い!少し、ヨットをずらして!」 既にフォルティアは船室の中で舵を握っている。 エンジンを始動させたフォルティアの頼みに、ミレイヤは大きくうなずくと、ひらりと海に飛び降りた。 すぐに船底からゴリゴリと言う音が聞こえ、ヨットが徐々に動き始める。ミレイヤがヨットを持ち上げ、接地している部分をずらしたのだ。 水の上に浮いたヨットは、高性能のエンジンと吹き始めた風に乗って、ぐんぐん増速し浅瀬から離れていった。 鬼族の脅威は去ったものの、やらなければいけないことが多過ぎて、一行はとても安堵を覚えている余裕は無い。 次は、傷ついた…というより失神している者の介抱だ。ただ、ティアラヒロインにとって、これは至って簡単な作業らしく、 ミレイヤが軽く唇を合わせるだけで信也と美香はすぐに目覚めることが出来たし、ラスキアも瞳に輝きを戻した。 ミレイヤの人口呼吸で全員が次々に失神から蘇生したのだ。 おそらく、少量の生命エネルギーを吹き込んだのだろう。  ティアラヒロインのエネルギーは人間にとって特別な効果があるようだ。ラスキアは気が付いたもののエネルギー不足のようで 未だにぼんやりしているのに対し、同じような短いキスで信也と美香はすっかり元気になっている。 しかも初めてティアラヒロインを前にしたにもかかわらず、信也達はすんなり彼女達の存在を受け入れているようだ。  ミレイヤは立ち上がった信也達に優しく微笑むと、ラスキアを助け起こし椅子に座らせた。 「よかった…みんな無事のようね。 ラスキアだけはエネルギーが全身に回るまで、もう少し時間が必要だけど…どう、ラスキア?」 「うっ、うう〜ん!(ゴトン!ゴロゴロ…)」 寝起きの体に自ら気合を入れるかのように、ラスキアが唸りながら身を捩ると、その途端、何かが床に落ちて転がる音がした。 「ああっ、ごめんなさい!これは…さっき私を…いえ、何でもありません!」 赤面したラスキアはあわてて床から一本のコケシを拾い上げると、自分の背中に隠そうとした。 その光景を見ていた美香が突然大きな声を出した。 「あっ〜あ!そっ、それは…もしかしたら?お願いです!そのコケシを良く見せて下さい!」 「えっ?!でも…これは…あの…」  しどろもどろになったラスキアだったが、美香の気迫に押されたのか、しぶしぶとコケシをテーブルの上に置いた。 半透明の白い液体でねっとりと濡れているコケシを、信也と美香はしげしげと見つめていたが、どうやら何かに気付いたらしく、 うめくように言った。 「こっ、このコケシは唯子が父からもらった日本土産じゃないか…!」 「やっ、やはりそうよ兄さん!唯子が子供の時からずっと持っていたものだわ…どこでこれを?」 今度はそれを聞いたミレイヤが驚いたように、同じ目撃者の風下に確認を求める。 「ええっ?!これが唯子さんの物!そんな…だとすれば…でも、信じられない!そうですよね…所長!」 「えっ、ううっん…ええっと…その…」 すっかり恥ずかしがっているラスキアとおろおろしている風下のことを助けるかのように、フォルティアははっきりと全員に呼びかけた。 「取りあえず落ち着きましょう!それから順に話をまとめないと…。私には何がなんだかさっぱり話が見えないわ! 皆さん…座りましょう!」 ウイングオブサーモン号は外洋クルーザーだから、船室にも十分なスペースがあり、信也と美香、ティアラヒロイン、 そして風下の六名でテーブルを囲んでいる今も幾分かの余裕がある。ただそれにもかかわらず、船室の空気は緊張に包まれ、重く息苦しい。 これからの話し合いで更に深刻な問題に直面しなければならないのだ。初めは奈緒美が調べてミレイヤに言付けた唯子の消息調査… 内容が余り芳しくないことはミレイヤの表情からも見て取れる。 ミレイヤの報告によれば、唯子は金貸しに連れられ船で日本へ向かっているが、途中で遭難事故に遭い、結局日本には着いていない。 公式記録では遭難事故による沈没・全員死亡と認定されていたが、船ごと行方不明になったまま、満足な調査がされてないのが真相らしい。 政治的な圧力が捜査を中断させ、事実が明るみに出ないよう隠蔽された形跡があるのだ。 そもそも政界汚職に端を発する事件なだけに、関係者全員の行方不明は好都合であり、借金についても多額の保険が 掛けられているのだから、死亡認定してしまえば補填が効く。 しかも被害に遭っているのは唯子以外世間からすればダニのような金貸し達。 それ故に追求する者もいなければ、改めて問題提起する者もいない。 報告の内容から判断すれば、消されている可能性もあるのだが、先程のコケシの一件からすると…おそらく事故は政府絡みの工作ではなく、 鬼族の襲撃…言うなれば偶然の出来事だ。その尻馬にたまたま政府が乗っただけのように思える。 鬼族により拉致されたとなると、奴隷にされたり邪鬼になったりはするが、どんな救助隊よりも生命の保証はしてくれる。 だから、風下は唯子はもちろん他の金貸し達の生存については確信を持っているのだが、それを伝えるべきか否かは迷うところだ。  それに驚くべき事実に風下は気付いてしまった。誰もが考えるように、唯子=妖鬼なのだ。  いくら事実とは云え、そんな悲惨な話を伝えることは出来ないし、教えれば教えたで、信也達はどんなに止めても連れ戻すことを 考えるだろう。それこそミイラ取りがミイラになる典型的な危険なパターンだ。  ミレイヤの報告が終わると、室内は益々重い空気に包まれ、全員黙り込んでしまった。 「公式記録を信じて諦めるしかないのか…」 妹の無事を祈りながら、何も知らずに手を握り合っている信也と美香へ、さすがのティアラヒロインも声さえかけることが出来ずに、 ただ顔を見合わせているだけだ。  重苦しい沈黙の中、メモを見つめていた風下は覚悟を決めて、唯子の生存を伝えることにした。 「信也さん、美香さん、大丈夫!唯子さんは…生きていますよ。それも、お父さんの祖国…日本で!」 「ほっ、本当ですか…日本のどこに?唯子はどこにいるのですか?」 「なっ、何か知っているのですか?」 信也と美香が風下の言葉に敏感に反応した。 発言が余りに突然だったせいか、ティアラヒロインは微妙な表情のまま、まるでフォローをしてはくれない。 当然のことだが、信也達を傷つけたくはないのだ。 風下は一人で言葉の責任を取らなければならなくなり、苦しい弁明を続けた。  「残念ですが、今は…詳しい居場所も、そして何をしているかも…言えません。ただ、これだけは信じて欲しい。 唯子さんは生きている!それも絶対に安全な場所で…元気で活躍しているはずです」 風下の半端な説明に、鬼族の実態を知らない信也はつかみかかりそうになっている。 「信じろと言われても…。風下さん…まさか気休めでは無いでしょうね!何か証拠はあるのですか?」 「証拠…あのコケシ…」 「確かにあれは唯子のものです…ただ、拾われただけかもしれない。あんなものは生きている証拠にはなりません! それとも何か他に証拠があるのですか?」 「他には…あっ、ちょっと失礼!…いっ、いや…証拠なんて…ありません…」 風下は後ろ手にメモを隠した。メモには「YUIKO」と名前がローマ字で書かれている。  風下は後ずさりしながらメモを切り裂き、窓を開けて海に落とした。誰にも見られなければそれでいい。 Y・U・I・K・O…それぞれの紙は水面で浮かびながら、順番を変えて一つの単語を作り上げると、月明かりに照らされながら、 波間に沈んでいくことだろう。Y・O・U・K・I…「YOUKI」…妖鬼と…。 風下の苦しい弁明は、冷たい狂ったような笑い声によって突然遮られた。 「ほっほっほ…!この私が証拠ですよ…久し振りですね…信也兄さん、美香姉さん!私が唯子こと…鬼族の首領妖鬼です!」 なんと妖鬼が船室の外に立っていたのだ。 突然のことに一同声も出ない。ただ、妖鬼へのリアクションは信也の方がティアラヒロインよりも早かった。 「ゆっ、唯子っ、本当に唯子なのか?」 「ほっほっほ…信也兄さん!あの頃よりは、美しくなったけれど、面影は残っているでしょう?」   信也の横で美香が首を振りながら、叫んだ! 「ちっ、違うわ、兄さん…角がある!鬼よ…唯子に似た鬼よ…!でっ、でも…」 「ほっほっほ、そう…確かに今の私は唯子では無い。父とその祖国日本への恨みから、鬼族に魂を売り渡したとき、 唯子が死んで妖鬼が生まれたのです。美香姉さんなら、私の気持ちを判ってくれるでしょう?」  青ざめた表情の信也と美香は、ただ妖鬼を見つめるだけで…何も答えない。いや、頭の中が混乱して、何も言葉が出てこないのだろう。 「眠っていたから、覚えてはいないでしょうけれど…本当は先程、兄さんと姉さんだけは逃がそうとしたのですよ。 私のことを諦めてくれるのなら、二人には人間のまま暮らしていって欲しかったから…。それなのに…」  この時だけ妖鬼は表情を曇らせ、槍のような視線を風下に向けた。 「折角、唯子は死んだことになっていたのに…。誰もがそう信じていたなら、鬼になった妹の姿を見せずに済んだのに…。 そこのイケてない男!海に捨てたメモを見ました。唯子=妖鬼だと良くぞ見破りましたね…大したものです。 ただ、余計なことをしてくれたものです…。今度こそ、地獄に送ってあげましょう!」  妖鬼は風下を睨みつけた後、再び信也達に呼びかけた。 「兄さんも、姉さんも、私と同じ…。父と日本へは恨みがあるはずです。どうですか?これからは心身共に本当の鬼となって、 私と一緒に恨みを晴らしては見ませんか?簡単ですよ…心の底から憎んで、恨んで、呪えばいいのです。 死んだ父に復讐することは出来ないけれど、鬼族に魂を売れば、日本を手中に収めることも出来るのです…」 「うっ…ただ、それは違う!間違ってる!」 「そっ、そうよ…出来ないわ!鬼に魂を売るなんて…」  信也と美香は揺れ動く自らの意志を必死に支えながら、妖鬼の誘いをきっぱりと断った。 「もう一度考えて下さい。昔は妹の私をあれほど可愛がってくれたのです…兄さんを邪鬼に、姉さんを性奴隷にはしたくありません…。 ただ、正体を知られてしまっては、逃がすことも出来ない…」  堪りかねたラスキアとミレイヤが妖鬼の言葉を断ち切るように叫んだ。 「駄目よ!魂を売るなんて…! 憎しみや恨みでは、何も解決出来るはずが無いわ!」 「妖鬼、いい加減にしなさい! 私達がいる限り、鬼族の自由になんかさせるものですか!」 「ほっほっほ、威勢の良いこと…。ティアラヒロイン…先程の見事な連携プレーには感心しましたよ! ただ、今度はそう上手くはいきませんよ。こうなればもう仕方がありません…全員まとめて奴隷になってもらいます!むんっ!」 フォルティアとミレイヤが身構えると同時に、ラスキアが全員をかばうように両手を拡げ、振り向きながら叫んだ。 「みんなっ、目を見ちゃ駄目!」 「おやおや…さすがはティアラヒロイン。幻術はもう通用しないようですね?よろしい…それなら金縛りの術はいかがです?」  ラスキアの後ろで妖鬼の言葉を聴いていた風下だったが、この時だけは持ち前の正義感がそうさせたのか、 一世一代の賭けに出るつもりで妖鬼の前に躍り出た。 「まっ、待て!妖鬼…!」 「ほっほっほ、一番初めに死にたいのですか? よろしい、望み通り…」 「いやっ、ちょっと待て!話を…話を聞いてくれ!お願いだ!ティアラヒロイン達も待ってくれ! 妖鬼、誤解がある…お父さんを許してあげるんだ…!」 「ほっほっほ、父は不正な借金を残した。そして日本は遺産をもらっていない私達から全てを取り上げようとした。  私は自分を担保にし、父からもらったこの船だけは残すつもりで交渉しようとした。ただ、日本は…父が舵取りした日本という国は…、 徹底的に私を騙し、交渉すら行わず、私を連れ去った。それを救ってくれたのが鬼族です。私は父と日本を恨みながら妖鬼になった。 そこにどういう誤解や間違いがあるのですか?何を言い出すのかと思えば…父を許せなどと…。鬼になることを拒んだ兄や姉でも、 父のことを許すことはないはずですよ…どうですか?姉さん?」  美香にしてから、父親を許せなどといわれても、とてもその気にはなれないようだ。風下は背中から語りかけてくる美香の言葉を聞いた。 「風下さん…唯子のことはとにかく…父のことを簡単に言わないで下さい!確かに私達は国際教育してくれたことについて、 父に感謝をしています。そのお陰で立ち直ることが出来たからです。でも、それは唯子の犠牲があったから出来たことで… 少なくとも唯子を追い込んだ父を許すことなど、私には考えられません。」 「そう…美香の言う通りです。日本という国はひどい国です。借金を押し付けて…無理やり唯子を連れ去ったのです。 ただ、日本は父の祖国であって、父が舵取りした国です。その上、借金の原因が父にあるのならば…父の責任でないとすれば、 誰を恨めばよいのでしょう?確かに莫大な遺産に比べれば、借金の額はしれたものです。だが、父の名誉を守る為に… 何も貰わなかった僕らにとって、その額は唯子の人生を狂わせるほど、大きなものだったのです。」  振り向いた風下を睨みながら、信也ははき捨てるように付け加えた。  信也の刺すような視線を浴びながら、風下は悲しそうに説明を始めた。 「なるほど…言い分は判りました。では、僕はお父さんの愛を証明させてもらいましょう。そして、妖鬼!君が心の底からお父さんを 恨んではいないことも…。それで全てがはっきりするはずだから…」  風下の命と探偵としての威信を賭けた推理なのだ。その気持ちが伝わっているのか、ティアラヒロイン達は先程から 口を挟むこともしない。もちろん妖鬼が動いた時には、すぐにでも反撃に移れるように身構えてはいるが…。 それよりも目がこう言っている。 「所長…何を証拠にしているのかは知らないけど…頑張って!」   怒りに燃える妖鬼と涙を溜めた美香を落ち着かせるために、一旦ため息をついた風下は全員に語りかけるように事実を確認し始めた。 「信也さん、美香さん、そして妖鬼…いや唯子さん。第一に、お父さんは借金が、あなた方に迷惑をかけることになるとは 思っていなかった。そして、貴方方に遺産を分けることを出来ないことも知っていた。…そうですね?」   これには信也が答えた。 「確かにその通りです。あれだけの財産を残したくらいだから、生前に埋め合わせをしておくくらい何でもないはずです… かなり用意周到な人でしたから、尚更そう思います。ただ、その間も無いくらい父の死は急でした…。」   美香も付け足す。 「遺産のことも…私達は覚悟…いえ、はじめから期待していませんでした。来る度にくれたお土産、多額の仕送り… それだけで満足でしたから…。唯子などは最後のお土産であるこの船を守る為に自分の身を売ったようなものです…」  風下は頷きながら続けた。 「お父さんは国を超えて、遺産も貰っていないあなた方に借金のつけが廻ることを予想していた。 なんと言っても自分が率いて舵を取ってきた国のやることですからね。 いや、それよりも…そんな借金が苦にならないほどの財産を初めから分けるつもりだったのでしょう。 そう思った方が良いかも知れない…。ただ、いずれにしても、あなた方への財産分与は、認知をしていないがために、 法律が障害となりことを表沙汰にしないとならない。だから、誰もが判る形では渡せなかった…。 それに貴方方にとっては、遺産の分配よりも、お土産の方が喜んでもらえるということをお父さんは知っていたのでしょうね!」 「何っ??イケてない男!言っていることの意味が良く判らないが…」  妖鬼…いや唯子の言葉を無視するかのように、風下は質問の内容を変えた。 「信也さん、美香さん、そして唯子さん…これはお父さんのつけた名前ですよね?」  異口同音に三人が答えた。 「えっ?ええっ、その通りです」 「はい、そうです」 「判りきったことを…」 「それから、お父様の最後のお土産…ヨットの名前もお父さんが付けましたね?とても珍しい名前ですが、これを日本語で言うと?」 「ほっほっほ…鮭の羽…サケノハネ。由来も意味も不明な…妙な名前。なんでこんな名前を付けたのか…?」 風下はポケットからチョークを取り出すと、全員に見えるよう床に大きく其々の名前を書いていった。 ノブヤ・ミカ・ユイコ・サケノハネ 「さて、濁点を無視して、並べ替えて見ましょう。すると…サイコノミヤケハフネノユカ…つまり、『最後の土産は船の床』という メッセージになっている。これはアナグラムという暗号の一種なのです。」 「ええっ〜!」 「あっ、本当だ…」 「すっ、凄い!なんで判ったの?」  全員から一斉に驚きの声があがった。無論、妖鬼とティアラヒロインも例外ではない。 「床に一直線の傷がある。これは邪鬼の角の跡だと思っていたけど、この線…光っているでしょう。 つまり角の跡ではなく、床の裏に何かあると気付いたのです。だから、キーワードとして「船の床」があった。 そもそも、船の名前も妙だったからね…。後は簡単ですよ!父親が名付けたものを探せば良いのだから…。 さあ、床をはがして見ましょう…これがお父さんの本当に最後の土産ですよ…。うわっ、すげっ!」 風下が薄い床板を剥がすと、そこには一面に金貨が敷き詰めてあった。  それは、謎を解いた風下本人でさえも絶句するほどの量、もちろん唯子が背負った借金など帳消しにして余りある額に相当すると 思われた。 「お父さんはこう考えたのでしょう。借金の問題が出れば財産の処分を考える。財産は高額なものから処理をしていくはずだから、 ヨットが初めに該当するはずだと…。気付きませんか?このヨットの床…このままでは、絶対に買い手がつかないような、 防水していない特殊な床材です。売るためには床を張替えする必要が出てきます。床を張り替えれば、金貨がごっそりですから、 借金の問題は解決します。さあ、もし床を張り替えるとしたら、それは誰の仕事になったでしょうか?他人に頼みますか?」 「そっ、それは…唯子…私はインテリアデザイナーだった…」 妖鬼が震えるように答えた。もう、例の冷たい笑いは無い。 「そうですか…。とにかくお父様は自分の土産をあなた方が大事に取っておくとは考えもしなかったのでしょう。  借金の問題が発覚し、貴方方にまで被害が及べば、お父様は蛇蝎のように恨まれてしまうはずですからね。 ところがあなた方は…特に唯子さんは自分を犠牲にしてしまった。お父様の最後の土産が形見になってしまったのですから、 ヨットだけは手放す気にはならなかったのでしょう。つまり、お父様も唯子さんも互いが考えている以上に、互いを愛し、 大切に思っていた。それでこんなに大きな行き違いが起こってしまったのです」 「そっ、そんな…こ・と…! お・と・う・さ・ん…」 目の前の妖鬼はゆっくりと目を閉じた。その頬には二筋の涙が伝う。その冷たい声には絶対に似合わないくらい…熱い涙だ。  いつの間にか月明りが妖鬼…いや唯子をスポットライトのように照らし出している。   突然、スッーと白い湯気のようなものが妖鬼から上がると、物凄いスピードで舞い上がっていく。 同時にフォルティアが声を上げた。 「ああっ、白い湯気…封印石! あっ、妖鬼が…!」 スライドショーの画像のように妖鬼の表情が段々優しくなっていく。 これが唯子の素顔なのだ…。  月明りの中で目を開いた唯子は、大きく伸びをしながら、左右前後を見回した。  「う〜ん…随分寝ていたようだけど…あれっ、信也兄さん、美香姉さん!あっ、この船は…サケノハネ号!なんで…牢屋ではないの?」  そして足元に金貨を見つけると、中の一枚を拾い上げて信也と美香に言った。 「この金貨は…日本の記念金貨だ!それにこの量…まさか、お父さんからの…?えっ、最後のお土産…もしかして、私も船も助かったの? もう…誰にも渡さなくていいの?」  信也と美香は涙で声も出せずに唯頷くだけ…。ただ、それだけで十分な答えになっている。 「良かった…。兄さん、姉さん…それからお父さん…助けてくれて、本当にありがとう!あっ、そうだ…今、お父さんの夢を見てた! いつも天国で見守っているから、元気で頑張れって言っていた。もう一度会いたいなあ〜!」  「ゆっ、唯子っ!」 信也と美香が唯子を抱きしめた。 風下は静かに立ち上がり、ティアラヒロイン達を目で促すと、船室の扉を開いた。  (三人だけにしてあげようよ…)  時には人間もテレパシーを使えるのかもしれない。 夜風は既に冷たいはずだが、どことなく温かみがある。 「ミレイヤ、ラスキア、それからフォルティア。今回は本当にありがとう。出来れば御礼に何かご馳走でもしたいところだけど、 いつもの通りお金が無くてさ…また今度だね。」 「うふふっ、何を言うのかと思えば…。でも、今回は所長…見直しました。奈緒美さんにはよく話して置きます」というモデルのような ミレイヤは何処と無く奈緒美に似ている。 「そうね…期待をしないで待っているように真理ちゃんにも伝えておきます。あれだけの金貨が手に入ったのだから、 もしかするとその内謝礼を貰えるかも知れないし…」というアイドル系のラスキアは真理と似て多少調子がいい。 「まあっ、ラスキアったら…。そんなことを期待するのは良くないわ!うふっ、でも…これだけの活躍をしたのに、 ご褒美無しでは所長さんもかわいそうねそうね!だから、私達が代わりに今回のお礼をしましょうよ!ミレイヤ、ラスキア…どうかしら?」 さすがは癒し系のフォルティア。気が効いている。 「そうね…それじゃ所長…目をつぶって!」 ミレイヤに言われるがまま、風下が目を閉じると、三種類の甘い香りと優しい気配が周囲を包みこんだ。 そして…左右の頬と唇に何かが触れた。 何よりも柔らかく、とても情熱的なのに温かく、心の底からとろけてしまうほど甘いもの…。 風下の心の時計が針を止める… (チュッ……!) どの位の時間、こうしていたのか? 何十分もそうしていたようだが…、本当は数秒だったのかもしれない? それが三人娘によるキスだと気付いた時、風下はハッとして目を開いた。 もちろん、そこにはにはもう…誰も居ない。 立ちすくむ風下だったが、代わりに夜空から声が聞こえて来た。  「三人の中で唇にキスした人は誰でしょう?さあ、名探偵の風下所長…推理してね!うふふっ…!」 それはとんでもない難問だった。感触を思い出すためもう一度目を閉じた風下だったが、ふう〜と大きく息を吐くと、 夜空に向かい泣きそうな声で怒鳴った。 「そんな…殺生な…。そんなの判るわけないじゃないか!はあっ…やっぱり俺は名探偵ではなく…迷探偵なのかなぁ〜?」 月明りががっくりとうな垂れた風下を照らす。 夜空の月は、いつもの静かな微笑みではなく、とても愉快そうに…声をたてて笑っていた。 ***完