平成15年5月16日・初版 平成16年7月30日・改訂(扉絵を追加) MonkeyBanana2.Com Free Counter

新・聖天使ミレイヤ「新章突入!・パラレルワールド活躍編」・第1章/妄想博士・著

イラスト:悪の司令官
「ミレイヤ…聞こえますか?…天女星の王女、聖天使ミレイヤ…」 (んっ…夢…私に話しかけるのは…誰?) 「私はティアラ…超聖母ティアラです。夜盗鬼族の巫女、妖鬼の力によってパラレルワールドに侵入した鬼族の動きが 活発になりはじめました。貴方は生まれ変わって、もっと強くならなければいけません…。 宇宙の全てを、鬼族の魔手から救うために選ばれたのですから…」 (えっ、鬼族が…。それに、もっと強くなれる…。でも、パラレルワールド?) 「そう、次元を超えて存在する平行した世界。そちらの世界でも鬼族が暴れています。だから、貴方を…分身させて連れて行くのです」 (鬼族が相手なら、どこでも行くわ!ただ…私には地球の仲間達が…それにまだ鬼族を退治したわけでは…) 「心配は要りません。パラレルワールドでは、貴方の地球上の名前が変わるだけ…仲間達とは改めて知り合えるはずです。 それから、もう一人のあなたが、こちら側にも存在することになります。今までと同じように…」 (よかった…それなら問題ありません…。それで、パラレルワールドでの新しい名前は?) 「ミレイヤから『美』『鈴』『谷』、聖天使から『聖』をとって、『鈴谷・聖美(スズヤ・キヨミ)』。 どうですか…気に入りますか?中々、上手く出来たとは思うけれど…」 (判ったわ…目が覚めたら、私は鈴谷聖美…) 「そう、それともう一つ。ミレイヤがパラレルワールドで活躍するためのパワーアップには、エネルギーの集中が必要になります。 そのため、聖美の姿では、一瞬だけしかスーパーパワーを使えません…それも、緊急の場合に限られます。 スーパーパワーが必要ならば、変身するしかありません」 (えっ、それでは聖美の姿のままで、困った人を助けることが出来ない…) 「大丈夫です。私の超能力で、あなたの頭の中にパラレルワールドでの常識、更に拳法や空手での体の動きの記憶も埋め込みました。 これで聖美は拳法や空手の達人です。それにパワーと関係の無い…そう、頭脳や反射神経は、聖美もミレイヤも同じです。 ミレイヤ、いいえ聖美…困った人間を助ける場合、スーパーパワーに頼らずに、愛情と知恵、それに勇気を活用しなさい。 それが人間にとっても一番いい方法なのです。人類の将来を作るのも大事な使命…頑張りなさい…」 はっ!…夢が終わり、聖美は目覚めた。  いつのまにか開いているカーテン。窓ガラスを通して、明るい朝の光が部屋中に注いでいる。 周りの景色は今までと同じだが、空気と太陽の光が、昨晩まで居た世界とは、かすかに違うことに気付き、 本当に自分が新しい世界で目覚めた事を自覚した。 聖美は大きく伸びをすると、ベットを後にした。コーヒーが沸くまでのあいだ、シャワーを浴びて寝汗を流すのだ。 熱いお湯で肌の感覚を取り戻し、冷たい水で気持ちを引き締める…温度調整のダイヤルをこまめに回しながら、 聖美は全身くまなくシャワーをふりかけた。 湯上りの火照った肌を、ローブで包んだ聖美は、洗面台の鏡に自分の顔を映してみた。 そこには今までと同じ…聖天使ミレイヤの顔があった。そして、その美しい表情は、今日から鈴谷聖美のものでもあった。 (どの洋服が良いのかしら?) 準備を着々と整えていく聖美は、下着姿のまま、洋服ダンスの前で少し考えた。 ミレイヤは全てが華麗で美しい。 モデルのような端整な顔立ちは全ての女性のあこがれであり、レースクイーンを彷彿させるプロポーションは全ての男性の視線を 惹きつける。万人受けするルックスと非の打ちどころのない肉体を惜しげもなく見せつける大胆さ。これがミレイヤの魅力である。 だから、聖美のファッションはカジュアルでラフな方が良い。ミレイヤの持つきらめくような美しさや大胆さをカモフラージュする必要が あるからだ。 今日のいでたちもジーンズとスウエットパーカー…ラフなものに決まった。 「さあ、面接に行かないと…」 聖美はドアに鍵をかけながら、ふと不思議に思った。 初めて会うにもかかわらず、こちらの世界の風下がどういう男なのか、また自分をどういう風に見るのか、すでに判っていたからだ。 ******************************************************* 新入社員の募集をしている風下探偵事務所&アクノ企画は超がつく零細企業だ。 JRの駅から1〜2分。立地としては格安の古いテナントビルの2Fを借りている。 依頼者の情に流される経営だから、いつも貧乏をしているようだが、所長の風下の評判は悪くない。 募集要項に提示された給料にしても、仕事量からすれば高くはないが、居心地は良さそうである。 色々と難はあるものの、そこまで含めて聖美としてはお気に入り…どうしても採用してもらいたい職場である。 面接の時間は朝一…始業よりも30分も前なのに、既に事務所は開いている。 事務所に入ると、カウンター兼書棚の向こうに、応接セットとオフィス机が3つ。二つの机は空いているから、 所長の風下の他に従業員は居ないことになる。 聖美がカウンターの前に立つと、ちょうど風下が新聞を読みながら奥から現れた。 「おはようございます!あの…面接をお願いしました入社希望の鈴谷聖美です。風下所長さんですね?どうぞよろしくお願いします!」 「ああっ、おはよう!僕のことは所長でいいよ!面接の…えっ?!」 突然、凍りついたように風下の動きが止まり、手に持った新聞をパサリと下に落とした。 「あっ、あの…どうかしました?」 「いっ、いや…なんでも…なんでもない…。面接は…いっ、いや…決定!採用!是非、お手伝いして下さい!」 「はい?…そんな簡単に決めていいのですか?一応、履歴書も書いてきたのですが…」 「いや、履歴書なんか見なくても…。所長の僕が良ければ、決定だよ!えっと、鈴谷聖美ちゃん…いや、キヨリンでいい? 仕事に慣れるには、実地が一番!早速、現場に出掛けよう!」 鈴谷聖美の聖と鈴をとって、キヨリン。これがこちらの世界での愛称のようだ。 「はっ…?出掛けるって、所長…何か新しい調査依頼ですか?」 「うん、中々大きい話だよ。なんといっても、国家の問題だからね。キヨリンは『破片収集義務法案』を知っている?」 「はい…破片だけを区別して、ゴミ収集しようという…なんか意味不明な法案ですよね!」 「それなら話は早い。詳細は車の中でしよう…行き先は沼津だよ!」 経済の低迷、外交の不安等、すぐにでも解決しなければならない問題を抱えている日本政府だったが、この時期、議会運営が混乱を極め、 何も決定出来ないでいた。 その原因が静岡選出の若手代議士鬼塚青次と三鬼赤之助が提案した「破片収集義務法案」。 何の経済効果も持たない法案なので、当然、政府としては無視してしまいたいところだが、莫大な資金による多数派工作を図ったようで、 与野党ともに賛意を表明する議員が少数ではなく、優先議題となっていたのだ。 こうなると、いつものことだが、政府と鬼塚・三鬼の対立は、本題を外れ、得意の暴露合戦に移っていく。 争点は裏工作の有無。それはつまり鬼塚・三鬼から各野党幹事長への資金受け渡し事実が問題となっている。 だが、鬼塚・三鬼ともに、献金はおろか、多数派工作についても否定しており、一日を除いてアリバイもはっきりしている。 振込みはもちろん、両者ともに証人が必ずいて、工作をする時間がないのだ。  白いカローラのハンドルを握りながら、聖美はうなずいた。 「なるほど…私的にはこの法案の目的が知りたいのですが…。それはとにかく…そうすると、鬼塚・三鬼両代議士のアリバイを 崩せという依頼ですか?」 「それが…逆なんだよね…キヨリン!」 逆というのは、アリバイ崩しでなく、アリバイを証明しなくてはいけないということである。 実は、依頼というのは風下の実家がある静岡の代議士の後援会からのものだから仕方ないが、余り乗り気になるような仕事ではない。 元々、法案自体が「そんな暇あるなら、別のことをちゃんと決めろ!」と言いたくなる様な内容なのだ。 首都高速で引っ掛かったものの、東名に入ると下りは流れている。用賀を抜けてから一時間も走ると、沼津まで残りわずかな距離になる。 風下の話は問題の核心に入ったようだ。 「問題の一日だけど、野党第一党の幹事長はこのとき八丁堀の自宅にいて、8〜10時まで誰かと会っている。 相手を明らかにしないから、その誰かが鬼塚代議士か三鬼書記長だと疑われているということなのだ。ただね…このとき鬼塚代議士と 三鬼書記長は一緒にいてね、アリバイも比較的しっかりしている。問題の3時間、朝7時〜10時迄…地元の沼津から車で国会に 向かっていたそうなのだ…」 「ふ〜ん、3時間ですか…少し掛かり過ぎのような気はするけど…」 「そう思って調べてみたのだけど、その日は上りで渋滞があって、確かに3時間くらいはかかっても仕方がないんだ。 それに、鬼塚代議士の車は黒いベンツ…ナンバーが・024。この車で10:20国会入りとの警備記録があるから、 地元を出た車が同じなら解決だよね…」 「証人を見つければ、仕事は完了ですか。なんか単純なような…複雑なような…」 小首をかしげながら聖美はウインカーを出した。沼津ICの出口である。 「あっ、降りたら国道1号方面に走って。途中を左折すれば鬼塚代議士の自宅がある」 うなずいた聖美を見ながら、風下は更に続けた。 「そうそう…今日は多分早く仕事終わるから、実家にでも寄っていかない?キヨリンのことを両親にも会わせておきたいのだけど… これから一生仲良くしてもらわないといけないから…挨拶するなら早い方が…」 「それは…別に構いませんけど…はいっ…?一生…?ちょっと所長…それどういう意味です?今日初めて会ったのに…」 「いっ、いや…もしかしたら二人は赤い糸で結ばれているのかな…なんて…」 聖美は大きくため息をつくと、一般道との合流で車を割り込ませた。 「あの…。そういう話は、夜景が見える高層ホテルのレストランで、最高級のディナーをご馳走してくれた後に、 バラの花束を渡しながらして下さい。それなら、検討の余地もありますけど…」 「へっ、本当?いきます…何でもご馳走します…」 「検討の余地だけですけど…。それでよければいつでもお伴しますよ…よ〜し、友達呼んで、凄く食べちゃおう!」 「へっ、友達呼ぶって…それは…?あっ、その道を左!」 「は〜い。あらっ、あの突当たりの大邸宅ですね?よし…それでは冗談はこれくらいにして、仕事に取り掛かりますか…」 「じょ、冗談では…。あっ、仕事ね…はい、やりましょう…」 渋々と承知する風下を車から引きずり出すと、聖美達は聞き込みを開始した。 鬼塚代議士の自宅付近は、商店街の外れで小売店が多い。時間は10時なので、大概の店は開店している。 数件目の床屋で、聖美達は有力な情報を掴むことが出来た。 床屋の店主は店の二階に住んでおり、付近の早朝マラソンが日課だった。中々気風の良い人で、客が居ないこともあり饒舌だ。 「ああっ〜、あの日ね…そう鬼塚先生の屋敷からベンツが出て行くのを見たよ。いつもの…ナンバー024のやつだ。 自分で運転して…同乗者は三鬼先生…知ってるよね?」 「三鬼代議士も一緒でしたか…。あの、時間は判りますか?」 「いつも7時に家に戻ってくるから、あの辺りを通るのはちょっと前のはずだな…。うん、毎日同じコースだから、間違いないよ!」 「なるほど、それは確実だ。あの…もしかすると証人になって頂く場合があるかも知れませんが…?」 「はっはっは、そんなことで良ければいつでも…あっ、これ何を調べているの?」 店主が小首を傾げた。鬼塚代議士は地元の有力者だから、気になったのであろう。 「鬼塚代議士の証言の裏付け調査です。もちろん他言はしませんし…それに、ご主人のお話は証言と一致しています」 「ああ、そうかい。それならよかった。じゃあ、車が10時頃に戻ってきたことも話しておいた方が…」 「えっ、10時に戻った…?ほお、そうですか。10時では、今回の調査とは関係ないのですが、一応伺っておきましょう… 同じベンツでした?」 さすがは自称名探偵だけのことはあり、聞き込みや事情聴取をやらせると、風下は天下一品だ。意外な証言が出ても、顔色一つ変わらない。 店主の話では、ちょうど店を開けた時、ベンツが通り過ぎて邸宅の中に吸い込まれていったそうだ。 運転しているのは鬼塚代議士ではなかったが、時間に間違いはない。 丁寧にお礼を言って店から出ると、聖美達は顔を見合わせて、「んっ!」と唸った。 どのような場合でも、10時にベンツが戻ることはあり得ない。この数分後、ベンツと鬼塚代議士は東京で目撃されており、 それは間違いのない事実なのだ。 本来の疑惑とは別の問題ではあるが、不思議なことではある。 聖美は漠然とした疑問を持った。 「…とすれば、沼津と東京に車が一台づつあったということ?でも…何のために?」 風下も同様の疑問を持ったようだ。 「これは、ちょっと調べる必要があるな。キヨリン!これから鬼塚代議士に会って見ようか?」 聖美達は、早速、鬼塚代議士の邸宅へ向かった。 鬼塚代議士の邸宅は頑丈な門のある和風の屋敷だ。周囲を有刺鉄線付きの高い塀で囲んでおり、防備に優れた小さな城砦を思わせる。 門の脇にある通用口に立った聖美達は、インターホンで面会を願い出ることにした。だが、チャイムを鳴らしてみたものの、 全く応答がない。もちろん通用口は施錠されている。面会を断られたならば、依頼者(後援会の有力者)を引き合いに出すつもりだったが、 留守ではどうしようもない。 「う〜ん…留守かぁ〜」 残念がる風下の肩を、聖美は軽く叩き、塀を指差した。一箇所だけ上の有刺鉄線が破れている。 「所長…あそこを超えれば入れますよ!」 破れ目を見上げながら風下は首を振った。 「あのさ…あんな高いところまでどうやって登るの?ルパン三世でもあるまいし…」 聖美は車に戻ると、徐行運転を始めた。破れ目の下へ移動し、塀にぴったりつけるように幅寄せして停車した。 「屋根の上で、私を肩車してもらえれば届きます。中から通用口の鍵を開けますよ…さあ、早く車に上がって下さい!」 「それって、不法侵入では…」 「時と場合によっては、仕方ないではないですか!ほらっ、早くしないと人が来ますよ…」 風下は車の上でおっかなびっくり壁に両手をついて肩を下げた。聖美は身軽に風下の体を駆け上がると、塀を一息に乗り越えた。 幸いなことに、監視センサーは見当たらない。 聖美は慎重に周囲を見回しながら、通用門に忍び寄ると、内側から鍵を外し、風下を招き入れた。 「凄いお屋敷だな…」 風下は敷地内に足を踏み入れるなり、その景色に唖然としている。 敷地の中は樹木が多く、その三分の二は、まるで森のように鬱蒼としている。ただ一本一本手入れが行き届いている。 門からは玉砂利が敷き詰められており、ガレージ付きの大きな屋敷に続いていた。 留守と知ってはいたが、正規の訪問ではない二人は、玉砂利ではなく木々の間をすり抜けながらガレージに近づいた。 ガレージにはピカピカに磨かれた黒塗りのベンツが二台止まっている。ナンバーは「・021」と「・024」 「あれっ、二台も車があるぞ!それに…なんだこのマグネット?」 風下は高圧洗車機の上に置かれた緑のマグネットを手にとり、首をかしげた。 マグネットは10cm前後の長さで、平べったい「く」の字型のものだ。 「どこかで見たような…そうだ!これは…ナンバープレートの偽造用マグネットだ!」 風下が手馴れた手つきでマグネットをナンバープレートに貼り付けると、「・021」が「・024」に早代わりし、 同じベンツが二台になった。ぱっと見ただけでは、全く区別がつかない。 「『・024』が二台…これはどういうことなんだ?」 その時だった。 「そこにいるのは誰だ!」 声とともに、玉砂利の向こうから、シルクハットにタキシードを着た数人の男達が駆け寄って来る。執事のような格好をしているが、 これがこの屋敷の正装なのであろう…違和感は無い。 聖美と風下は、たちまち男達に囲まれてしまった。 「やばっ!あっ、いや…怪しい者ではありません!後援会の方に頼まれまして…どうしても先生にお目にかかりたくて…」 風下は思い切り恐縮しながら、不審者でないことをアピールした。 だが、そんなことで収まるはずも無い。男達は尋問口調で不法侵入を咎めた。男達は声にドスが効いているし、体格もいい。 「いくら後援会の方とはいえ、ここは私邸ですよ!立派な不法侵入に当りますよ…」 「泥棒のような真似を…困りましたなあ〜、何を探っていたのですか?」 風下はたじたじになり、ひたすらに謝罪を繰り返した。 「いや…つまらないことで…本当にすいません。いやいや…二度とこのような…」 (んっ、この邪悪な気配…もしや?) 聖美は必死で頭を下げる風下の腕をつかむと後ずさりしながらいった。 「所長!おかしい…この人達…変よ!」 「キヨリン…なっ、何を言っているんだ?この期に及んで逆切れしたら、警察に連れていかれるぞ!」 「ふっふっふ、そうですよ…そこのお嬢さん…逆切れはいけませんよ。…うっ!」 風下を庇うように前に出た聖美は、さっと男のシルクハットを手で払った。 なんとそこには一本の角が…。 「ああっ〜つっ、角…緑の鬼だっ!」 聖美の背中で、風下が叫び声をあげた。 (そうか…パラレルワールドの所長は夜盗鬼族のことをまだ知らないんだ…) 聖美は振り向くと、風下にささやいた。 「落ち着いて…所長!この人達は鬼ではなく、宇宙から来た夜盗鬼族に奴隷改造された人間…邪鬼よ!」 「夜盗鬼族…?邪鬼…?」 「とにかく…今は日本の征服を狙う悪の手先。捕まると、私達も奴隷にされちゃうわ!」 聖美のささやきが聞こえたのか、二人の邪鬼が更に詰め寄って来る。 「ほほう…我々のことをご存知とは…。それでは益々、警察に連れて行くわけにはいきませんな。 仕方がない…あなた達も奴隷になってもらいましょうか?」 「折角、穏便に済ませようと思ったのに…。余計なことをしたもんです…んっ、何をしている?」 風下は高圧洗車機の電源を作動させると、掛けてあった噴射機を構え、近づいてきた二人の邪鬼めがけ、高圧の水流を浴びせかけた。 「奴隷になんかされて堪るか!」 (バッシュウ〜) うろたえる邪鬼に、聖美はすかさず廻し蹴りを放った。 (前にも書いたが)スーパーパワーこそないものの、聖美は空手・拳法の有段者である。綺麗にすましているただの娘とは違う。 「げほっ!」 「ぐはっ!」 もろに廻し蹴りをくらった二人の邪鬼は、意外な反撃によろめいた。 「きっ、貴様ら…。よし、皆…かかれ!」 残りの邪鬼達が束になって襲い掛かってきた。 聖美は、蹴りと手刀を繰り出し、邪鬼の攻撃を払いのけていく。 一方の風下も一応…探偵なので、護身術、そして柔道の心得がある。 振り下ろされた丸太のような腕をかいくぐると、逆に一本背負いで邪鬼を投げ飛ばした。 「よし…今だ!逃げろ!」 聖美達は通用門を目指し、脱兎のごとく走り出した。 しかし、邪鬼達は、騒ぎを聞きつけた別の集団も加え、十数名で聖美達を追って来る。 邪鬼は筋力が通常の男性の1.5倍…当然俊足である。 このままでは聖美はともかく、風下はすぐに追いつかれてしまう。 「やばい…数が多過ぎる!キヨリン…通用門から抜け出して、警察を呼んで来るんだ。ここは僕が引き受ける!」 「でも…所長…」 「いいから…早く!」 風下に押し出されるように、聖美は通用門をくぐり抜けた。 聖美が外に出ると内側から扉は閉められた。風下は一人で追っ手を防ぐつもりだ。 ただ、風下は柔道の心得があるだけで、決して強いわけではない。その上、多勢に無勢なのだ。 途端に門の内側から、格闘の音とともに悲鳴が聞こえて来る。案の定、袋叩きにあっているようだ。 「おい、邪鬼…名探偵風下が相手だ!…げっ!…いててててっ!…この野郎…うぐっ!…放せ!」 これではとても警察を呼んでいる暇など無い。 聖美は周囲に人がいないことを確かめると、両手の指先を伸ばして、両方の中指をこめかみにあてた。 「ティアラ・アップ!」 すると、聖美の額が輝き、金色のティアラが現れる。 続けて胸の前で腕をクロスした聖美は、大きく両手を広げた。 「チェ〜ンジ…ミレイヤッ!」 声を上げると同時に、ティアラが金色に輝くと、その光で全身を包んでいく。 そして、次の瞬間、弾け飛ぶように光が散ると、聖美は本当の姿になっていた。 本当の姿…それこそ、ピンクのコスチュームに身を包んだ美しき華麗なヒロイン…聖天使ミレイヤである。 ミレイヤは変身した自分の体に今まで以上のパワーがみなぎっていくのを感じていた。 「これがパラレルワールドでのミレイヤ…。何一つ変わっていないけど、物凄いパワーを感じる!」 パラレルワールドでは、(人間と同じエネルギーで行動する)聖美はスーパーパワーを使えない。 だが、ミレイヤに変身すると、体内のエネルギー伝達経路がシフトされ、天女星での本来のエネルギーを使用出来るようになる。 そして、貯蓄されたエネルギーも相まって、スーパーパワーに必要な戦闘エネルギーが生成されるのだ。 「…トイヤッ!」 ミレイヤは両手を振って反動をつけると、一息に門を飛び越えた。 宙に身を躍らせながら、門の内側の状況を確認したミレイヤは、風下を足蹴にしている邪鬼めがけ、上空から奇襲攻撃をかけた。 「ミレイヤ・ジャンピング・ヒップ・アタッ〜クッ!」 落下の風圧でピンクのミニスカがまくり上がる。 はっとして頭上を向いたその瞬間、邪鬼の目の前は真っ白になったはずだ。ミレイヤは純白のパンティーに包まれたヒップを、 邪鬼の顔面に思い切り叩きつけた。 邪鬼は鈍い音とともに、そのまま玉砂利の中に大の字になって埋め込まれていった。 ミレイヤは着地すると、他の邪鬼達に向き直り身構えた。 「夜盗鬼族…覚悟しなさい。この聖天使ミレイヤがいる限り、貴方達の自由にはさせないわ!」 「ううっ、ミレイヤか…。こちらの世界まで現れるとは…。くそっ、全員かかれ!」 突然の乱入に一度は怯んだものの、邪鬼達はすぐに気合もろとも突進してきた。 ミレイヤはぐっと地面を踏みしめると、掛け声とともに攻撃を開始した。 「よ〜し、いくわよ…ミレイヤ・ローリング・キック!…ミレイヤ・パア〜ンチ!…ミレイヤ・チョップ!」 純白のパンティーをこれみよがしに見せ付けながら、放たれるしなやかなキック。 「…ほげっ!」 「…ふぐっ!」 巨乳を大きく揺らしながら、繰り出される重量感のあるパンチとチョップ。 「…ぐほっ!」 「…げはっ!」 片手で顎を掴むと、そのままネックハンギング。 「くっ、苦しい…ぐううっ!」 そして、大上段にリフトアップし、軽々と向かって来る邪鬼達に投げ飛ばす。 「ぎゃん!…ぐう〜…何てパワーだ…」 ティアラヒロインは一般女性に比べると大柄だが、くびれたウエストに代表されるように、どちらかといえばスレンダーな体型である。 ただ、豊満なバストと肉感のあるヒップを兼ね備えたド迫力ボディーは重量感たっぷりである。 パワフルなボディーを生かしたミレイヤの攻撃は一発一発が重く強烈だ。 多勢に無勢も関係ない。10人以上の邪鬼達はミレイヤに触れることも出来ないまま、木っ端微塵に粉砕され、 玉砂利の上をのた打ち回った。 邪鬼達を地面に這わせたミレイヤは、とうに失神している風下を抱き上げると、通用門の外まで運び出した。 「それじゃ、所長…大人しく寝ていてね!目覚めた時には事件は解決しているわ…」 改めて屋敷の中に足を踏み入れたミレイヤは、ようやく立ち上がった邪鬼達に再度攻撃を仕掛けた。 今度は完全に勝負を決める。鬼族の弱点…角狙いだ。 「さあ、邪鬼…ゆっくりとお休みなさい!そして、正しい心を取り戻しなさい!いくわよ…ミレイヤ・ソバット、トイヤッ! ミレイヤ・ダブル・チョップ、ハアッ!」 「(ポキッ!)…ぐはあ!」 「うっ…(ボキッ!)…ぐううっ!」 「やっ、止めろ…(ボキン!)…むう〜ん!」 角を折られた邪鬼達は次々に口から泡を吹きながらその場に倒れこんでいく。 逃れようとする最後の邪鬼を、ミレイヤは角をつかむと、片手で吊り上げた。邪鬼の足が空を蹴る。 「さあ、言いなさい!どうしてこんなところに邪鬼がいるの?鬼塚代議士とはどんな関係があるのかしら?」 「くっ、誰が貴様などに答えるものか…。それより、角を放せ!」 「あら…聞くだけ無駄なようね。ならば仕方がないわ…自分で確かめましょう!」 ミレイヤは邪鬼の角を吊り下げたままで、手首をクイッと軽くひねった。 (メリッ!) 角にひびが入り、邪鬼が足元に崩れ落ちた。 庭園を抜けて玉砂利の道が通り、その先に屋敷の玄関がある。玄関はミレイヤを迎えるように門戸を開けていた。 奇怪な法案とアリバイ工作と邪鬼。これらを結びつける鍵が屋敷の中にある。 湧き出て来る邪悪な気配を感じながら、ミレイヤは屋敷の中をにらみつけた。 「この気配…間違いなく夜盗鬼族のもの…。何を企んでいようとも、このミレイヤが鬼族の自由にはさせないわ!」 スーパーパワーに裏打ちされた自信と闘志で全身をみなぎらせたミレイヤは、屋敷の中へ踏み込んでいく。 ただ、このときのミレイヤは、パラレルワールドの鬼族の実力を知る由もなかった。パワーそのものは同じでも、 パラレルワールドの鬼族は、邪悪さ、悪知恵、肉欲において、ミレイヤの予想をはるかに上回っていたのだ。 パラレルワールドでの戦いは甘くない…。 美しく華麗な聖天使ミレイヤは、初戦から、屈辱的なピンチを迎えることになる。 そして、心の底と体の奥で、鬼族の脅威をいやというほど思い知らされてしまうのだ。 ***つづく