平成15年8月1日・初版 MonkeyBanana2.Com Free Counter

新・流星天使ラスキア「飛び散る汗!ラスキアの華麗なる艶技」第1章/妄想博士・著

〜 この小説の舞台は、我々が存在する世界とは違う、パラレルワールドと呼ばれる別次元の世界の話である。〜 銀河系から遥か彼方にあるM87星雲。 この星雲を管理するM87連邦は、連邦組織(参加惑星の集合体。他に銀河連邦やアンドロメダ連邦がある)の中で、 宇宙一の格式を誇っている。 宇宙一とされるのは、優れた科学技術とその博愛精神のためでもあるが、宇宙の危機を未然に救った過去を持つことが一番の理由である。 地球時間では2000年ほど前の話だが、宇宙の片隅に邪悪な心を持つ独裁者が現れた。 独裁者は、弱い星々の征服を目的とする組織…夜盗鬼族の大首領となり、宇宙を我が物にしようと企てた。 危機を感じた各宇宙連邦組織は、傘下の惑星に警報を発し注意を促した。我が銀河連邦もこれに習い、地球を初めとする各惑星に 警報を発している。鬼が怖いものだとされる伝説は、この警報の名残とも考えられるのだ。 ただ、守りのみの戦いはいつかは破綻し敗北する。 警報を受けただけで、具体的な撃退策を持たない幾つもの星が鬼族により征服され、住民は奴隷化されていった。 こうした各宇宙連邦の弱気な姿勢を他所に、唯一敢然と立ち上がったのがM87連邦だった。 元々鬼族は大首領を除けば、大した悪事も働けない弱小組織である。愛に燃え叡智を武器とするM87連邦の敵ではなかったのだ。 次々に占領下の惑星を解放していくM87連邦は、根源を絶つべく大首領の指名手配を行い、逮捕に成功した。 大首領の量刑は永久封印。  しかも永久封印には二重のセキュリティが施された。 一つは、大首領の角を砕き、破片を宇宙中にばら撒いたことだ。角の無い大首領は脅威とはならないし、 破片を集めるためにはとてつもない労力と時間が必要となる。このとき破片の幾つかは、地球に届き、日本に撒かれている。  二つ目は、大首領の魂を特殊な宝石の中に封印し、M87連邦が最も信頼する惑星…天女星の王家にのみ伝わる家宝「王家の紋章」に 埋め込み、厳重な保管を命じたのだ。 こうして平和が取り戻され、M87連邦は宇宙中から称賛されたのだ。 時が流れ、M87星雲の活躍が伝説となった頃、夜盗鬼族の残党…正確に言えばその子孫達により、ある事件が起こった。 連邦の目が届かないほどの些細な悪事を続けることにより、細々と生き延びて来た鬼族の残党は、突如、天女星に潜入し、 「王家の紋章」を盗み出したのだ。 鬼族にすれば、大変な快挙だったが、この事件は宇宙の注目をさほど集めたわけではない。 この頃になると大首領の封印は半ば伝説化しており、封印石も財宝(王家の紋章)として有名になっていて、真の脅威は忘れられている。 これを良いことに、鬼族は残る一つのセキュリテイを外すべく、人海作戦を展開した。各惑星をしらみつぶしに調べ、 邪鬼を使って角の破片を大半拾い集めたのだ。 そして、最後に残るいくつかの角の欠片を求め、地球…日本へやって来ていたのだ。 **************************************************** 「続いて12番…聖アルテミス女学院大学一年 星 流奈(ホシ・レナ)選手。種目はこん棒…、曲は…」 美しいメロディに乗って、二つのこん棒が様々な模様を描きクルクルと回転する。選考委員は息を呑み、こん棒の残像を追いかける。 ここ聖望女子大学記念体育館では、連日に渡り、美しくも激しい女の闘いが繰り広げられていた。 新体操オリンピック個人種目出場枠2名を争う代表選考会が行われていたのだ。 新体操がオリンピック正式種目に加えられて以来、メダルの大半は東欧勢のものだった。 技術的には高度なものを持っていても、芸術性が重視されるこの競技では、スタイルの良し悪しが採点に影響する。 国別人気ランキングでは常に上位を誇る大和撫子(ちなみに日本男児は最下位常連である…著者…涙)も、 スタイルにおいては東欧勢の後塵を拝していたわけだ。 ただ、ここ数年の日本女性は違って来ている。技術・表現力に加え、スタイルでもひけを取らなくなっていたから、得点も高くなっており、 東欧勢の一角に食い込む勢いを見せているのだ。 このような背景で行われる国内代表選考は熾烈を極める。 代表枠は二名。 内1名は前回オリンピック入賞した選手が内定しているため、実質は幾人かで一つの椅子を争っている。 中でも抜きん出ているのが、合計105.3ポイントでトップを走るクラブ選手坂田桃子と、僅差で彼女を追う最終種目を演技中の 星流奈である。 坂田桃子はジュニアの頃からエリート街道を歩いて来た大器である。紙一重の差で勝ち切れない部分があったが、今回の大会では 高難度の技を連発し、全て成功させている。背筋が凍るような鬼気迫る演技とはこのことだ。 それに対し、無名の星流奈はしなやかな肉体と愛くるしい表情を存分に生かした、見ていて心の和む軽やかな演技を行う。 難度の高い技を混ぜているのに、そう見えない安定した演技でもある。 安心して見ていられる分、流奈の逆転は間違いない状況にあった。 「ああっ〜!」 演技終了直前に流奈はバランスを崩しこん棒を落とした。選考委員が思わず声を出したほどの致命的なミスだ。 音楽が終わりフィニッシュを決めた流奈は、舌をペロリと出すと「やっちゃった〜」という愛嬌のある笑顔を振りまきながら、 観客に頭を下げた。重要な大会で重大なミスをしたとは思えない、無邪気な態度である。 「採点は…こん棒23.6ポイント…星選手のトータル104.2ポイント。これにより、坂田選手の優勝となります…」 歓声とともに万雷の拍手が巻き起こる。 新体操は、フープ(輪)、ボール(毬)、リボン、こん棒からなる四つの演技を、各30点の合計120点満点で争われる。 ただ、合計で100点を超えればオリンピックメダルレベル…つまり二位に終わった流奈の点数でさえ、国内大会にしては 傑出したものなのだ。 「流奈さん…なぜ? わざとミスをしたでしょう?」 汗を拭く流奈に、優勝者…坂田桃子が声をかけた。 「えっ…わざと…? いえいえ…ただ下手なだけよ!それより優勝…本当におめでとう。日本の代表として頑張ってね!」 流奈は笑顔で応えながら、今度は冷や汗を拭いた。 (マズイなぁ〜!故意のミスを見抜かれるなんて…。でも、さすがは優勝するだけのことはある…人間にも優秀な女性がいるのね!) もうお気付きだとは思うが、この星流奈という女子大生こそ、M87星雲からやってきた流星天使ラスキアの仮の姿である。 演技のミスはもちろん故意だ。 ラスキアの目的は盗まれた「王家の紋章」を鬼族から取り戻すことであり、オリンピックに出場することではない。 また、人間界の中で目立つことも避けなければならない。 ところが仮の姿をしていても(スーパーパワーは発揮できないが)運動神経と身体能力は抜群。 手加減をしていても、あれよあれよという間にオリンピック候補になってしまっていたのだ。そこで故意にミスをしたというわけだ。 桃子を祝福していた流奈の耳に場内アナウンスが入ってきた。 「え〜、会場の皆様…お知らせがあります。協会では今大会の結果をもって、オリンピック代表選出を決定する予定でしたが、 上位二名の得点が余りにハイレベルのため、別途協議の上で代表選出を行うことと致しました。オリンピック代表については、 後日改めて発表致しますので、ご了承下さいますようお願い申し上げます。尚、これより表彰式を行います…」 アナウンスが終わると再び会場は万雷の拍手に包まれた。 誰もが優勝者をすんなり代表にしない…という協会の異例の判断を妥当としたのだ。それほど流奈と桃子の演技が素晴らしかったといえる。 (えっ〜、そんな〜!わざとミスまでしたのに〜!もう、桃子さんに決定でいいじゃない!) 流奈は心の中で頭を抱えたが、表情に出すわけにはいかない。今は満面の笑みで観客に手を振るしかないのだ。 横で手を振る桃子が、流奈の耳元でささやいた。異例の決定に悔しさは隠せないものの、アスリート精神に則った堂々とした言葉だった。 「ついているわね…流奈さん…。でも、このままでは、貴方のミスに助けられたようで面白くないわ…。 今度こそ、貴方の上を行くつもりよ。お互いにベストを尽くしましょうね!」 「そっ、そうね…お互いベストを尽くしましょう!」 話を合わせた流奈だったが、頭の中では全く別のことを考えていた。当面の問題は、どのように代表を断るか…なのだ。 表彰式が終了すると、大会役員が二人の前にやって来た。 「坂田桃子さん、星流奈さん。アナウンスにあった通り、改めて代表選考を行うこととなりました。まずは面接から行います。 このまま、地下控え室まで行って下さい」 「えっ、今からですか…」 「はい…今からです。坂田さんのコーチ、星さんの大学の監督、それぞれご了承頂いておりますので…」 大会役員はそれだけ言うと、先に立ってさっさと歩き始め、地下への階段を下り始めた。 「面接官は全日本の鬼沢妖子コーチを初めとする三名です。この結果で代表が決定されるので、面接官の質問には正確に答え、 その言葉に従って下さい。それでは呼ばれるまで、隣の控え室でお待ち下さい」 選考を外れたい流奈の方から、はじめに声が掛かった。 (怪我をしたことにしようかな…) 言い訳を考えながら、流奈は部屋の扉を開けた。 その途端、邪悪な空気が流れ出し、流奈は本能的に身構えた。 「星流奈さん…そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。私が全日本代表コーチの鬼沢です。こちらの二人はトレーナーとマネジャーです」 テーブルを挟んで正面に座っている3人の面接官の内、中央の若い女性が声を掛けた。両隣のトレーナーとマネージャーは 体格の良い男性である。 「余りに見事な演技だったので、代表選考をやり直すことになりました。実技は後で見るとして、 その前に二、三聴きたいことがあるのです。そこへお座りなさい」 丁寧な口調で隠してはいるが、とてつもない邪悪さと冷酷さを秘めた声。どう考えても、まともな人間のものではない。 それに示された椅子には何かの探知センサーが向けられている。 先程までは逃げ腰だった流奈だが、こうなると話は別である。探知センサーが無害なものであることを察した流奈は 席についてお辞儀をした。 「先程はミスをしたのに選考に残して頂き、ありがとうございます。面接、よろしくお願い致します」 「貴方は不思議な人ですね…星流奈さん。信じられないほどの演技をしていたのに、わざとミスをしたのは何故ですか? …ほっほっほ、まあ、それは良いでしょう。人には色々と都合がありますからね。さて、本題ですが、あれだけの演技や表現力を どこで会得したのですか?…いえっ、気になるのは薬物使用の疑いがかかることなのです」 「はい…幼い頃からモダンバレエを…それから、高校、大学で新体操をみっちり練習しました。高校は無名でしたが、 最近、自分でも自信がついて来て…そうしたら、自然に代表選考会に出場が決っていました。薬物なんて…とんでもない。 大体、演技を向上させる薬物なんてあるのですか?筋力の増強ならば判りますけど…」 経歴については、無論、デタラメである。ただ、バレエから新体操までは基礎的な能力として身についているのだから、 あながちウソにはならない。  それを知ってか知らずか、鬼沢コーチは質問を続けた。 「ほっほっほ…知らないならば結構です。それでは何かお守りのように、常に身に着けているものはありますか? 例えば、何かの破片のようなものを身につけているということは…?」 「破片…?いいえ、お守りはおろか、アクセサリー類を全くつけていないので…何もありません!」 トレーナーとマネージャーは瞳をギラギラ輝かせ、レオタード姿の流奈を舐めるように見つめている。 その視線は何かを探しているようでもあり、流奈の肢体を値踏みしているようにも感じられる。 「そうですか…。確かに貴方の場合は全くの実力のようですね。ご苦労様…結構です」 コーチは手元のノートパソコンを見ると、軽くうなずき、面接を打ち切った。 「えっ、もう良いのですか?」 「はい、結構です。結果は後日大学の方にお知らせするとして…次は、優勝の坂田桃子さんを呼んで下さい」 流奈は丁寧に挨拶すると面接室を後にした。 要領を得ない質問とコーチの期待外れのような表情。一体何を知りたかったのだろうか? 淫らな視線と邪悪な空気もさることながら、流奈はそのことの方が気になっていた。 とりあえず控え室に戻った流奈は、緊張した面持ちで待っている桃子に声を掛けた。 「桃子さん…隣の部屋へ来るようにと…。ただ…なんか妙な面接…気を付けた方がいいかも…」 「妙な面接? それ…どういう意味かしら? それに気を付けるって…何を? 心配してくれるのは有難いけど、 私達はお互い代表の座を争うライバルだと云うことを忘れないほうがいいわ! まさか、流奈さんがそんなことするとは言わないけれど、 心理的な動揺を誘うことだってあるのよ!」 ナーバスになっている様子の桃子は、刺のある言葉を残すとクルリと背を見せた。 そのとき…キラリ!と桃子の耳で何かが光った。 今まで気がつかなかったが、桃子は小さな飾りのあるピアスをしていたのだ。 「ああっ、破片のような飾り!」 流奈の声を無視するかのように、桃子は部屋の扉を後ろ手に閉じた。 あれが面接で問われた破片なのであろうか? また、新体操の面接で、何故破片のことを聴かれたのか?  桃子の面接が奇妙な謎を解き明かすことを確信した流奈は壁に耳をつけた。 パラレルワールドでのティアラヒロインは変身しないとスーパーパワーを使うことが出来ない。 ただ、平時であっても五感の鋭さと一般的な能力は優れている。意識を集中すれば、隣室の話し声を聴き取るくらい十分に可能なのである。 壁越しに扉を開ける音が聞こえると、流奈はゆっくり目を閉じた。 流奈の頭脳には、隣室の様子、桃子と面接官の動作等全てのデーターがインプットされている。 そのため、会話を聴くだけで隣室の様子をビジュアル的に伺うこと…透視が出来るのだ。 あくまでもデーターによる「動作の読み」ではあるが、ティアラヒロインの場合、万に一つの狂いもない。 「優勝おめでとう…坂田さん。本来ならば、一発決定のところだけど、今回は面接と必要ならば…云々」 鬼沢コーチの冷たい声がかなりはっきり聞き取れる。 「いいえ…私としても、今回の競技だけでは割り切れないものがありますので…。白黒をはっきりして頂いた方がすっきりします」 桃子の主張も聞き取れる。相変わらず、正々堂々としている。 「ほっほっほ…中々見事な心がけですね。ところで、すてきなピアスをしていますね。その飾りは何ですか?」 「この飾りは先祖代々伝わるお守りをピアスにしたものです。このピアスを着けて以来、成績が良いのです」 「やはりそうでしたか…いっ、いや、それはこちらの話。とにかく、その飾りだけでも見せて下さい。 …んっ〜、これは…どうやらこのお守りには特殊な効果があるようですね。ひょっとするとドーピングで引っ掛かるかも知れません」 「えっ、そっ、それでは…飾りを着けたままでは、オリンピック出場は果たせないのですか?」 「その通りです。坂田さん…もうこの飾りは貴方には不用だから、私達が預かることにしましょう!」 少し間が開いたあと、桃子の弱々しい声が聞こえた。 「でも…その飾りが無いと…あの演技が出来なくなります」 「ほっほっほ、そんなことは無いはずです。別に飾りの一つや二つ、どうと言うことは無いでしょう? 貴方には優勝した実績があるのです。この飾りを手放せば代表入りは決定ですよ!」 「ほっ、本当ですか? 夢にまで見たオリンピック…。先祖代々伝わる飾りなど惜しくない。 でも…そっ、そう…すっ、少し考える時間を下さい!」 競技者特有の感が働くのか、桃子は簡単にOKしない。優柔不断な姿勢に痺れを切らせた鬼沢コーチは、口調を荒げ、 はっきりと決断を迫った。 「この期に及んで何を考えるのですか? どんなに大事なものでも、夢に比べれば些細なものです。貴方の人生で一度しかないチャンスを こんな飾りと引き換えにするつもりですか? 今、決断するのです! オリンピックを取るか、飾りを取るか?」 やり取りを盗み聞きしていた流奈は思わぬ展開に唖然としていた。 どう考えても、この面接はオリンピックの選考のためではなく、鬼沢コーチがあの飾りを手に入れるためのものだ。 問題は飾りの正体だが、次の桃子の言葉により、その謎…いや同時に面接全体にかぶされたスモークのような霧が流奈の中で瞬時に晴れた。 「だから…考える時間を…。なにしろ、その飾りは、遙か昔、鬼退治をした先祖が持ち帰ったと言われる角の破片 …あっ、もちろん伝説ですけど…。とにかく先祖代々伝わる家宝なので、私の一存では…」 鬼の角の破片。それを奪おうとする奇妙な面接。そして、鬼沢コーチに漂う邪悪な雰囲気。 これらを総合すれば、方程式の答えは夜盗鬼族の陰謀以外には考えられない。 流奈は控え室を飛び出すと、ノックもせずに扉を開け、桃子に向かって叫んだ。 「駄目っ!その飾りを渡したら…駄目よ!」 「えっ…」 狼狽する桃子を他所に、鬼沢コーチは飾りを受け取ると、豊かな胸の谷間にしまい込んだ。 そして凍るような冷たい視線を流奈に移した。 「ほっほっほ、星流奈さん…でしたね? いきなり何の用かと思えば『飾りを渡すな!』などと…なるほど盗み聞きをしていたのですね?」 「とにかく、その飾りを桃子さんに返しなさい…夜盗鬼族!」 「うっ…私達の正体まで見抜いているとは…。これは捨てては置けませんね!」 「ちょっと待って!一体、何が何だか…。流奈さん…どういう事なの?」 理解出来ない唯一の人間…桃子が呆然としながら、流奈と鬼沢コーチの顔を代わる代わるに見た。 ただ、桃子の問いに誰も答える必要はなかった。鬼沢コーチを始めとする3人の姿がみるみる鬼 …妖鬼・赤鬼・青鬼に変わっていったからだ。 「ああっ…おっ、鬼!きゃあああぁ!ううん…」 桃子は顔面を引きつらせながら悲鳴を上げると、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。 「ほっほっほ、恐怖の余り、気を失うとは…。さすがは人間、他愛ないものです。それに引き換え…星流奈さん…貴方は一体何者ですか?」 鬼沢コーチ改め、夜盗鬼族の女首領…妖鬼が流奈に氷のような冷たい視線を送った。 「パラレルワールドでこんなに早く貴方達に会えると思ってなかったわ!鬼族覚悟しなさい!」 流奈は燃えるような熱い瞳で視線を受け止めると、愛くるしい表情をきっと引き締めた。 そしてこめかみに指を当て、眼を閉じて叫んだ。 「ティアラアップ!」 すると流奈の額が黄金に輝き、ティアラが現れる。 流奈は両手を大きく広げると続けて下で交差した。 「チェンジ・ラスキア!」 黄金のティアラから一段とまばゆい光が放たれ、流奈のコスチュームが純白に赤青ラインのボディスーツに変化した。 顔には特殊ゴーグルが装着される。ただ、ゴーグルからのぞく瞳は、愛くるしい流奈のものではなく、正義に燃える天使の瞳… ティアラヒロイン流星天使ラスキアのものだった。 「流星天使ラスキア…参上! 夜盗鬼族、盗んだものを返しなさい!」 「うっ、流星天使ラスキア…パラレルワールドまで追ってくるとは、なんとしつこい娘! ええい、赤鬼!青鬼!手加減は無用… やっつけておしまい!」 「ははっ、妖鬼様!お任せを…」 熊のような赤い巨体が飛び掛って来る。 ラスキアは軽くステップを踏むと、ポ〜ンと跳び箱を飛ぶように赤鬼の上を飛び越えた。 「赤鬼ボディアタック…ぬうっ、上か!?しまったぁ〜、ぐはっ!(ガシャ〜ン!)」 背中を強く押されたことも相まって、勢い余った赤鬼は大音響とともに壁に激突し人型のくぼみを作った。 「おのれラスキア…覚悟しろ!」 太い丸太のような青い腕がラスキアに伸びてくる。 ラスキアはすっと身をかがめると、青鬼の股下を潜り抜けた。 「青鬼ハンマーパンチ…れれっ、何処だ?あっ、下に…ぐわっ!(ドコ〜ン!)」 空振りかと思われたパンチは、的確にコンクリートの壁を捉え、大音響を上げた。壁は丸い穴を開けると、ついでに青鬼の腕まで くわえ込んでしまった。 ラスキアは腕をとられて動けなくなっている青鬼の顔を覗き込んでにっこり笑った。 「あらあら、自爆してしまうなんて頭悪いし、超ノ・ロ・マ…。でも当たると痛そうだから、今のうちに反撃しておこうっと♪」 目にも止まらぬスピードで往復ビンタを放ったラスキアは、仕上げとばかりに拳を固めると、はあっ〜と息を吹きかけ青鬼の顔面に めり込ませた。 「ラスキア・グー・パア〜ンチッ!」 パンチの威力で壁の拘束から解放された青鬼は一旦空中を舞った後、赤鬼に重なるように背中から突っ込んだ。 「ぐわあ!」 赤鬼の作った人型には今度は青鬼がはまり込む。赤鬼に至ってはトコロテンの要領で廊下まで突き抜けている。 「さあ、妖鬼! 雑魚…じゃなかった…あれでも一応貴方の右腕と左腕…はやっつけたわよ!」 ラスキアは強化コスチュームに覆われた丸い巨乳を誇るように胸を張った。 「ぬぬっ、中々やりますね…ラスキア。よろしい、今後は私が相手になりましょう!」 妖鬼はゆっくり立ち上がると、黒いステッキを取り出し振り下ろした。 (バリバリバリッ!) 白い閃光とともに目の前の長テーブルが叩き割られる。 「ほっほっほ、高電圧ステッキの威力を思い知らしてあげましょう。…このテーブルのようにおなりっ! …そうら!」 ステッキの軌道を瞬時に見切ったラスキアは、軽いステップで妖鬼の攻撃をかわしていく。 「…おっと、危ない! 凄い威力だけど、私に触ることが出来るかしら?」 ステッキを振り回す妖鬼だったが、ラスキアの挑発通り触れることも出来ない。 「…そうら! …そうれ! …くっ、すばしっこい小娘め!」 パラレルワールドでのティアラヒロインはその特色を定義づけされている。 ラスキアの場合は流星天使というネーミングから連想される通り、軽快なフットワークと、目にも止まらぬ俊敏な攻撃が持ち味である。 (ちなみに聖天使ミレイヤは圧倒的なパワー、紅天使フォルティアは多彩なテクニックが持ち味である) ただスピードが持ち味といっても、それは他のティアラヒロインと比較した場合の話しであって、パワー・テクニックが 未熟なわけではない。パワーやテクニックにおいても、少なくとも鬼族相手であれば数段上のレベルなのだ。 ステッキを振りながら妖鬼は必死の形相でラスキアを追い回す。ラスキアとしても反撃の糸口をつかみたいところだが… さすが鬼族の女首領だけのことはあり、妖鬼の攻撃は中々隙を見せない。 「今度こそ追い詰めましたよ…ラスキア! 電圧はフルパワー…思う存分その肉体を痙攣させてあげましょう!」 壁際に追い詰められた刹那、ラスキアは吸い込まれるような妖鬼の瞳に赤い影が映るのを見た。いつの間にか赤鬼が 背後から忍び寄っていたのだ。 「あっ、背後から赤鬼! トイヤッ!」 「高電圧ステッキ…そうら!(バリバリバリッ!)あっ、赤鬼っ!? ちぃ、しまったあ!」 突き出されたステッキを間一髪でかわしたラスキアの背後で、赤鬼が白い閃光に包まれた。 「ぐわあああ…!」 断末魔の悲鳴をあげながら、赤鬼は激しく痙攣した。凄まじいばかりの高電圧だ。 赤鬼は狂ったように踊った後、白い煙を吐きながら真後ろに弾け飛んだ。そして今度は青鬼を押し出す形で壁の人型にはまり込んだ。 「高電圧ステッキ…鬼族が持つには少し危な過ぎるオモチャだわ! ラスキアキックで妖鬼もろとも ぶっ飛ばしてしまいましょう…トイヤッ!」 赤鬼への誤爆で、初めて妖鬼の隙を見て取ったラスキアは手と顔面へ連続キックを放った。 「うぎゃっ!」 甲高い短い悲鳴とともに、妖鬼は顔を押さえて立ちすくむ。ステッキは反対の壁まで飛ぶと、床に落ちてカラカラと音を立てた。 「くっ! ステッキを失っては…そっ、それに、目が…これでは幻術が使えない!」 「これで勝負あったわね…妖鬼! さあ桃子さんから取り上げた『角の破片』、それから…以前に盗んだ『王家の紋章』を返しなさい!」 ラスキアは完全に勝利を確信すると、妖鬼を逃さぬように出口を塞ごうとした。 …が、そのとき、押さえた指の間から、妖鬼が邪悪な瞳を輝かせた。 そう、ラスキアの勝ち誇った行動が思わぬ隙を生んだのだ。 そしてその代償はラスキアにとって信じられないくらい重く圧し掛かっていくのだった。 ***つづく