平成16年6月18日・初版 MonkeyBanana2.Com Free Counter

新・流星天使ラスキア「性隷なる球艶・実況パワフルエロ野球」第1章/妄想博士・著

立錐の余地も無いほど人を詰め込んだ満員電車がホームを出て行く。 すぐに次の満員電車がホームに入り、更に人を詰め込んでいく。 ガラガラの下り電車から降り立った星 流奈(ホシ・レナ)は、若干の恐怖を感じながら向かいのホームを見ていた。 「凄っ! あれでは会社に行く前に疲れちゃうじゃない…」 ちょうど通勤がピークを迎える時間。東京の端にあるJRの駅での光景だ。 (下り電車で良かった…) 聖アルテミス学院へ歩いて通っている流奈にとって、通勤ラッシュはまさに未知の世界であり、 関わりたくない事実でもある。満員電車に乗った途端、周囲の乗客とトラブルになりそうな大きな胸をなでおろしながら、 流奈は心底ほっとした。見ているだけなら、今後繰り返されるであろう通勤に滅入ることはないからだ。 流奈が乗り慣れない電車に乗ってこの駅へ来たのは他でもない。 駅前の風下探偵事務所にアルバイトとして入り込むためだ。 前回の物語でも書いた通り、夜盗鬼族は多数の邪鬼を使って角の破片を探している。 (角の破片が揃ったとき、伝説の大首領が復活し、夜盗鬼族が強大な力を持ってしまう。) なんとしてでも夜盗鬼族の野望を阻止しなければならない流奈には、地球上の協力者と情報源が必要なのだが、 鬼族の脅威を感じている人間は数少ない。 そんな中で、風下探偵事務所は人間界で唯一、夜盗鬼族の存在に気付いており、その脅威をホームページ上でも 示唆している。ここでアルバイトをすれば、堂々と鬼族の情報を追うことが出来るし、あわよくば協力者を得ることも 可能なのだ。  駅前の古ぼけたビルに掲げられた看板を見つけた流奈は、早速に風下探偵事務所の扉を開いた。 「失礼しま〜す!」 玄関で長々と寝転んでいた一匹の犬が、驚いたように起き上がった。 ただ吠え掛かる訳でもなく呆然と流奈を見上げている。 ”ワッ、ワワン…クウ〜ン!”(なっ、なんて…可愛らしい人だ! これは…夢か?) 「うふっ、ありがとう! 私はアルバイトの面接を受けに来た星 流奈…よろしくね!」  尻尾を振って照れる犬の向こうから、女性の事務員が笑顔で応対に現れた。 「は〜い…おはようございます!」 表情はパッと花が咲いたように華やかで美しい。 あどけない笑顔が魅力の流奈より、少し大人っぽく落ち着いている正統派の美女だ。 タイトなスーツで包まれたはちきれんばかりのプロポーションは、流奈が相手であっても甲乙つけ難いほど。 立ち振る舞いも華麗な雰囲気を持っていて、どんな大企業の受付でも勤まるタイプ…少なくとも零細の風下探偵事務所には 不釣合いなほど洗練されている。 それでいて、いわゆるクールビューティーなどではなく、笑顔の底には暖かさと優しさが感じられる。 「朝早くからご苦労様です。私、当事務所の社員、鈴谷聖美です…あらっ、ブレンダーと会話している…?」 「星 流奈です。よろしくお願いします・・・んっ?」 流奈は聖美に妙な親近感を感じ首を捻った。聖美も同様の様子だ。 「ええっと、聖美さん…以前、どちらかでお会いしたことが有りましたっけ?」 「私もそんな気がする。でも、お会いしていれば覚えているはず…まさか?」 聖美は急に黙り込むと、試すように流奈を見つめてきた。 その途端、頭の中へ…なんと聖美の声が自然に響いて来た。 「聞こえるかしら? 今、テレパシーで話し掛けているの・・・」 流奈はゆっくりとうなずくとテレパシーを返した。 「驚いた…こんなところでテレパシーを使える人と出会えるなんて思ってもいなかったわ! それに、聖美さんには、 私と同種の強い正義のパワーと聖なる雰囲気を感じる・・・。これは一体・・・」 「流奈さんこそ…。まるで流星のように光輝く真っ直ぐな正義感。どうやら私同様、人間を救うために宇宙から 来たようね! うふふっ、私達素敵な友達になれそうだわ!」  「ええっ、私も同感…。そうすると聖美さんの方が先輩ね! うふっ、よろしくお願いします、聖美先輩!」 流奈はぺろっと舌を出しながら、手を差し出した。 「あらっ、私の方が先輩・・・ということは年上なの? もう、ずるいなぁ〜。まあ、いいわ・・・とにかく、こちらこそ よろしくね!」 苦笑いに近い微妙な笑顔を浮かべると、聖美が手を握り返して来た。 力強く暖かい正義の力が感じ取れる。 互いににっこりと微笑みながら固い握手を交わしたところで、聖美がテレパシーを打ち切って声を出した。 「それでは御案内致します。こちらへどうぞ! 所長、面接の星流奈さんが見えました!」 事務所の奥で極々平凡な男が電話をしている。 デスクの上の「風下探偵事務所 所長 私立探偵 風下達也」と書かれたプレートが妙に仰々しく似合わない。 正義感は感じられるが、見るからに普通の人間・・・それだけは間違いないようだ。 「えっ〜、今日ですか? それは急だなぁ〜! それに野球の経験者なんて・・・へっ、僕? それは子供の頃は 野球少年で鳴らしたものですが・・・今はねぇ〜! まあ、判りました・・・何とかしますよ。それでは後ほど・・・」 流奈達に気付いた風下は目を丸くすると、早々に電話を切った。 「あっ、よんどころない電話で・・・失礼。えっと、面接の・・・」 「バイト希望の星流奈です。聖アルテミス女子学院大の一年です。鬼族のことを追っていると聞いて・・・」 「あっ、はっ、はい・・・合格、さっ、採用します!」 「えっ、もう? また・・・随分と早い決断ですね!」 即決にしても早過ぎる。風下の決断はうれしいものの、流奈はさすがに驚いた。 食い入るように見詰める風下に代わり、聖美が笑いながら答えた。 「所長の場合、こういうときだけは信じられないほど判断が早いの・・・。可愛いくてナイスバディ、それに仕事が 出来そうだから、断るはずはないと思っていたけど・・・。まあ、流奈さんならば即決は当然でしょう!  さて、仕事の内容ですけど、取材の補佐、資料の整理がほとんどになります。時給とかシフトは募集要綱の通り・・・」 「採用して頂ければ条件はどうでも・・・。さて、早速お仕事を手伝いたいな! 聖美先輩、何をすれば良いですか?」 「そうね・・・11時に取材のアポを取ってあるから、それに付き合ってもらおうかしら。いいですか、所長?」 流奈の顔をぽかんと眺めていた風下だったが、何かを思い出したように急に立ち上がった。 「ちょっと待った! そう、野球・・・野球があるんだよ! キヨリン、取材は後回しにして、とりあえず野球に 出られないかなぁ〜?」 「野球・・・ああっ、さっきの電話の件ですね? あれ一体、なんなのですか?」 聖美が美しい顔を少し傾けながら面倒くさそうな表情で質問した。 「実は駅前商店街のチームが地区大会の決勝まで進出したらしいんだ。ところが試合当日の今日になって欠員が出たから、 急遽穴埋めして欲しいと言って来たんだよ。最低でも二人、出来れば三人・・・」 「二人って・・・所長はとにかく、私は女性ですよ! 大体、そんな遊びのために取材を後回しには出来ません!  何故、そんな閑は無いって断らなかったのですか?」 「今の時代、性別は問わないよ。それに一応正式な依頼なんだ。人材派遣として報酬も払うと言っているし・・・。 我々のように商店街加入してないと、選手登録出来ないようで他に頼れないんだ。商店街としても必死なんだよ!  ここは人助けだと思って、何とかならないかなぁ〜」 「人助けといわれると弱いけど、今更、取材も断れませんし・・・。途中からなら何とか・・・」 聖美は手帳と時計を代わる代わるに見ながら悩んでいる。 「あの〜、私じゃ駄目ですかね?」 恐る恐る口を挟んだ流奈だったが、風下は満面の笑みを浮かべている。 「そうだ、星さん・・・いや、レナッチに出てもらえば良いんだ! 聖アルテミス学院は、名門体育大学だから、 運動神経は良さそうだし・・・。よし、それで決まりだ!」 「レナッチ・・・?」 「うん、今日からそう呼ぶね! それでは早速、チームのところへ行こう!」 風下は外出の準備を始めながら、聖美に向かって念を押した。 「あっ、もちろんキヨリンも登録して置くから、取材が終わったら駆けつけて来てね!」 「えっ、ええっ・・・」 聖美は渋々承知すると、少し哀れむような表情を流奈に向けた。 「流奈さん・・・ゴメンね! こんな依頼が一番最初の仕事になるなんて申し訳ないわ! 取材が終わったら、 すぐに交代するからそれまで我慢してね」 「いえいえ、面白そうだから全然平気です。せっかくだから聖美先輩も早く戻って来て下さいね!  一緒に野球をやりましょうよ!」 「良かった。そう言ってくれると助かるわ! あっ、もう行かなくっちゃ・・・それでは所長をよろしくね!」 「いってらっしゃい!」 ************************************************** 野球のグラウンドは歩いてすぐの場所だった。 まだ試合の1時間前だが、何人かの選手が集まってキャッチボールやら柔軟体操を始めている。 (草野球なのに結構マジなんだ・・・) 感心しながら練習風景を見ている流奈に、隣の風下が話し掛けて来た。 「ねえっ、レナッチ! 野球やソフトボールとかの経験はあるの? まあ、僕が一緒だから、 経験無くても心配無いけど・・・」 地球の知識として野球のことは知っていたし、運動神経は人並み以上に設定されている。下手なプロ選手よりは だいぶマシなはずだ。ただ、経験などあるはずも無い。 流奈はでまかせの嘘でお茶を濁すことにした。 「ええっ、まあ少々・・・。そっ、そう・・・実は私、高校時代に野球部のマネージャーをやっていたことが・・・。 プレイの方は、所長、頼りにしていますよ!」 頼りにされると調子に乗りやすいタイプなのか、風下はまんざらでもない様子で自信ありげに頷いた。 「任せてよ! 何と言っても少年時代は神童と呼ばれてね・・・」 そのときグラウンドの中から風下に声がかかった。 「お〜い、風下君! ここだ、ここだ!」 風下は一塁側のベンチに座っている少し太目の中年男性に手をあげて応えた。 「おはようございます、会長・・・いや、監督! 商店街の名誉のため、風下探偵事務所が総力を上げて御協力致します!」 太目の監督は近づいて来ると、安堵した表情で風下を出迎えた。 「やあ、控えを入れてもメンバーが不足していたところに、急遽怪我人が出てねぇ〜。お陰で助かったよ!  それで助っ人は風下君と・・・?」 「ええっ、僕を含めて三名の登録をお願いします。こちらの星流奈と、遅れて来ますが鈴谷聖美です」 「あっ、あっそう・・・。ちょっと、風下君、ちょっとこちらへ・・・」 監督の顔色が一瞬で曇り、風下とひそひそ話を始めた。 流奈の五感は人間としての最高レベルに設定されている。 聴力もいわゆる地獄耳という奴だから、ひそひそ話程度は聞き取れる。 もっともこの場合は聞こえなくとも想像つくのだが・・・。 「風下君! 幾らなんでも女の子はないだろう!」  「へっ、女性は参加出来ないのですか?」 「参加は出来るけど・・・草野球だと思って舐められては困るよ。我々スマイルズの選手でさえもプロのリタイヤ組と 甲子園経験者が中心だ。そのスマイルズをして、今日の相手のジャパンデビルズは強敵なんだぞ!  しかも風下君は知らないかも知れないが、これに勝てば都大会・・・。そんな大事な試合に、とても女の子を出すわけには いかんだろう!」 「へっ、スマイルズってそんなに凄い集まりだったのですか? だってあそこに居るのは、お釣りをいつも間違える マヌケなコンビニ店長だし、素振りしているのはパチンコ店のバカ息子・・・いや御曹司でしょう?  女の子の方がまともじゃないですか!」 「監督の私は二軍だけども昔プロ野球に居た。コンビニの店長は甲子園組だし、バカ息子・・・いや、御曹司は ノンプロ崩れだ。奴等、仕事はとにかく野球となると別人になるんだよ。しかも今回は都大会進出が懸かっているから、 皆、張り切っているんだ。まあ、期待は奴等ではなく、師法寸一君だけどな・・・」 「師法って、あの椀とか箸を売ってる100円ショップの息子さん? へぇ〜、小柄なのに、彼、そんなに 凄い人だったのか・・・」 「高校では野球部に所属していないけど、大会では打率10割、そのほとんどがホームランだよ。まだ若いだけに、 あれだけ打てば話題にもなるわな。場合によっては今後プロにスカウトされるかも知れないな・・・。 まあ、そんなことはとにかく・・・以上のようなわけで、女の子を出したとあってはスマイルズの名折れでもある。 男性を探してはくれないか?」 「もう間に合わないですよ! それに女の子でも実力的に上なら問題無いのでしょう? テストしてみないと 判らないじゃないですか!」 風下の言い分は一応筋が通っている。ただ、明らかに無茶だ。 「・・・判るよ! 本当ならば、プロを自由契約になったエースとキャッチャーの代役を探しているんだぞ!  そんな選手はおいそれと見つかるはずも無いから、多少の野球経験者で仕方ないとは思っていたが・・・。 このままでは私が出ても8人で試合放棄だし・・・困ったなぁ〜」 監督は頭を抱えてしまっている。 (あらっ、判らないわよ! 一応、実力は見ないとね・・・監督さん) 監督と風下の話し合いを尻目に、流奈はグラウンドにスタスタと足を踏み入れた。 そしてボールを拾うと、大きな声で外野で汗を拭っている選手に呼びかけた。 「すいませ〜ん! あの〜、私のボールを受けてもらえませんかぁ〜! いきますよぉ〜!」 流奈はグッと身を沈めると、腕を鞭のようにしならせた。 野球の言葉でいうサブマリン投法・・・アンダースローだ。 放たれたボールは地を滑るように飛び、外野にいる選手の股間をくぐるとそのままフェンスに直撃した。 100mの遠投。それも完璧なコントロールだ。 流奈はくるっと振り返ると、監督に笑顔を見せた。 「監督さん・・・使ってもらえますか?」 あっけに取られたように外野を見つめていた監督は、我に帰ると風下の肩を抱きながら流奈に握手を求めた。 「いっ、いやあ〜、何という強肩とコントロール! テスト・・・いや、なんならピッチャーをやって見ないか!  キャッチャーを座らせるから、もう何球か投げてみてくれないか・・・」 「は〜い。ならば、キャッチャーは所長にお願いするとして・・・。監督さん、私のボールを打って見て下さい!」 結果は上々。受けるのが風下では、危険だから速球を投げることは出来ない。だがそれでも、元プロ野球選手の監督は、 流奈の変化球をまともに打ち返せなかった。 「こりゃ、凄い! さすがは、風下君、随分と良い選手を連れて来てくれたね! 昔取った杵柄ではとても打てないよ。 この分では遅れて来てくれるもう一人も相当頼りになりそうだ・・・」  聖美先輩に受けて貰えれば速球も投げられる・・・。 呑気にそんなことを考えていたとき、流奈の身体にピッと悪寒のようなものが走った。 (はっ・・・何、この邪悪な気配は?) 「おっ、四番が来たな! 彼が我がスマイルズ不動の四番、師法寸一君だ」 監督が指した先に、一人の少年が居た。 高校生とのことだが、場合によっては小学生でも通るかも知れないほど小柄だ。 それ以外は見るからに普通の野球少年で、怪しいところは少しも無い。 流奈は精神を集中し、寸一の中にある邪悪な気配の源を感じようとした。 (気配はどこから・・・? んっ、バット・・・そう、持っているバットから邪悪な気配が湧き出ている!) 監督は寸一を呼び寄せると、流奈達を紹介した。 「寸一君。こちらが助っ人の風下達也君と星流奈さんだ。バッテリーを組んでもらうことにした・・・」 「やあ、探偵事務所の風下です。四番よろしくな!」 「こんにちは、アクノ企画の星流奈です。若いのに四番なんて素敵…」 「どうも・・・」 元々寡黙な質なのか、寸一は頭を下げると頬を赤らめすぐに立ち去った。 「はっはっは、寸一の奴、流奈ちゃんの可愛さに照れているな。あの年頃は年上の女性には弱いんだよな・・・。 おや、ジャパンデビルズの連中のお出ましだ! おお〜い、皆、練習交代の時間だぞぉ〜」 監督の言葉に三塁側のベンチを見たとき、流奈の背筋にまたしても悪寒が走った。 寸一のバットから感じる気配よりレベルは低いが、邪悪な気配を数多く感じたのだ。 三塁側のベンチには続々と入ってくるジャパンデビルズからは、人間とは思えないほどの邪悪な気配が陽炎のように 立ち昇っている。 (まっ、まさか・・・鬼族? でも、なんでこんな場所に・・・) 一瞬、驚いた流奈だったが、寸一の不自然さと考え合わせると、すぐに鬼族が現れた理由にたどり着くことが出来た。 草野球とはいえ、並み居る経験者を押しのけて、野球部でもない高校一年生が四番に君臨する出来るはずもない。 それほどまでに普通の少年が見せる打棒は異常なのだ。 しかも寸一のバットから湧き出るあの邪悪な気配・・・。 それらの事実からして、バットの中には角の破片が詰まっているとしか考えられない。 (ふ〜ん、餌に釣られて出てきたわけね・・・ならば良い機会だわ。盗まれた王位継承の証も取り返してやりましょう!  鬼族・・・覚悟しなさい!) 流奈はギュと拳を固め瞳を輝かせた。 ********************************************* 「これよりスマイルズ対ジャパンデビルズの試合を行います。プレイボール!」 審判の手が上がり試合が開始された。 一回表ジャパンデビルズの攻撃。 マウンドを任された流奈は一番鬼一に相対した。 帽子で角を隠しているが、緑がかった顔色からしてあきらかに邪鬼、名前からすると邪鬼1号だ。 邪鬼のパワーは並の人間の1.5倍。プロ野球選手並みの打力を予想しなければならない。 流奈は振りかぶるとアンダースローからど真中に変化球を放った。 ボールはククッと沈みながら、邪鬼1号のバットを掻い潜り、風下のミットに吸い込まれた。 「ストライクッ!」 ティアラヒロインに変身していなくても、流奈の運動能力は人間の持ち得る最高レベルだ。 女子ソフトボール・オリンピック代表並みのボールを投げることが出来るので、配球に注意すれば十分に対抗可能である。 「ストライクッ、バッターアウト!」 シンカーで二球空振りさせた後、緩いシュートで身体を起こさせ、外角一杯のスライダー。 鬼一はバットにかすることも出来ず三振した。 二番の邪鬼2号は高目のチェンジアップを打ち上げピッチャーフライ。 流奈は五球でツーアウトに持ち込んだ。 三番は鬼青。 青い顔は青鬼であることを示している。 (さすがに青鬼には通用しないかしら…。打ち損じてくれればラッキーなんだけど…) 流奈は細心の注意を払いながら、ストライクからボールに外れる変化球を投げ込んだ。 「ボール!」 「ボール!」 「ボール!」 「ボール…ファーボール!」 青鬼は際どいコースを全て見切ってしまった。「その手に乗るか!」といわんばかりにニヤリと笑いながら、 ゆっくりと一塁へ歩いていく。 ツーアウト一塁。 バッターは四番の鬼赤だ。これは赤鬼の変装した姿にもう間違いない。 (とりあえず、赤鬼は歩かせて…次で打ち取りましょう!) 流奈は外角に大きく外れるカーブを投げた。 “カッキーン!” 勝負を嫌った敬遠気味のボールを赤鬼は真芯で捕らえた。 ボールはバックスクリーンを軽々超えていく。打った瞬間誰もが判る先制ツーランホームランだ。 「おいっ、センター、元プロ選手だろう! 10m位ジャンプすれば、今のは取れたぞ!  レナッチ、ドンマイ、ドンマイ…今のはセンターの守備についた監督が悪いんだ!」 キャッチャーの風下が外野へ怒鳴りながら、マウンドに駆け寄った。 実力的には未知数な風下は、結果的に流奈のおまけでの参加だが、誰よりもゲームに熱くなっている。 「えっ、今のホームランは人間には無理…あっ、いえ、なんでもない…すいません。 でも、大丈夫、次からしっかり抑えます!」 流奈は苦笑いしながら、風下を追い返した。 「ストライク、バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」 五番の邪鬼5号を頭脳的な配球で空振り三振にしとめたが、流奈は安心することが出来なかった。 邪鬼は抑えることが出来ても、三、四番の青鬼、赤鬼が手に負えない。 ゲームの先行きを考えると、人間のままでは不安にならざるを得ないのだ。 (こちらも打ち返さないと…) 流奈は静かに闘志を燃やしながらベンチに戻った。 一回の裏。後攻スマイルズの攻撃。 “ズバーン! ズバーン! ズバーン!” ジャパンデビルズの四番でエース、赤鬼の剛速球は170km以上出ているように感じられる。 逃げ足の速さを買われ一番に入った風下だったが、満足にボールを見ることも出来ないまま三振に倒れた。 二番のセンター監督もあえなく連続三振。 二点を先攻された手前、三番バッターの流奈は少なくとも塁には出たい。 「ストライク!」 「ストライクッ、ツウー!」 打席に立った流奈だったが、赤鬼のボールが早過ぎて、人間の動体視力のままではまるでついていけない。 追い込まれた三球目、流奈はボールの軌道を予測しながらバットを出した。 “ビキィ〜ン!” 手が痺れ、金属バットはひっしゃげた。ボールはボテボテと三塁前に転がっている。 「レナッチ、走れ! フェアーだぞ!」 ベンチから響いた風下の声に、流奈ははっとして一塁へ疾走した。 「セーフ!」 人間の身体のままでも、100mを10秒で走れる流奈だからこそ間一髪セーフ…内野安打だ。 「よっしゃー、ランナーが出たぞ! 頼むぞ寸一!」 しゅんとしていたスマイルズのベンチが一斉に沸き上がった。 バッターボックスに立ったのは、奇跡のホームランバッター、師法寸一だ。 構えた途端、小柄な体が倍に見えるほど、強烈なオーラを発している。 ただ、そのオーラは鬼族と同種…いや、むしろ鬼族よりも濃厚だ。 色褪せて見えるマウンドの赤鬼が、吸い込まれるように剛速球を投げ込んでいく。 寸一はコンパクトなフォームで剛速球を迎え撃った。 “カッキーン!” ボールは高々と舞い上がると、バックスクリーンを遥かに越えていった。打った瞬間に判る、 同点のツーランホームランだ。 (凄いっ! ただ、赤鬼の剛速球を簡単に人間が打てるはずがないわ。やはり、バットの中に角の破片が 埋め込まれているとしか思えない…) 流奈はゆっくりとホームインしながら、ベースを廻る寸一を注目していた。 続くスマイルズの五番は怒りに燃えた170kmの剛速球の前に三球三振。 ベンチに座る間もなく、流奈はきっと表情を引き締めマウンドへ向かった。 とにもかくにも試合は2対2。振り出しに戻った。 ジャパンデビルズ、スマイルズともに六番から始まった二回、九番から二番まで廻った三回は、両軍三者凡退。 風下も監督も虚空をかっ飛ばしただけだ。 四回は両チームとも三番から七番まで。 打順と内容が違うだけで一回と同様の経緯をたどった。 ジャパンデビルズは鬼青、鬼赤の連続ソロホームランで二点追加。 気を取り直した流奈は、5、6、7番を三振とファールフライに仕留め、後続を打ち切った。 赤鬼にホームランを喫したとき、一回と同じく風下がセンターに怒鳴ったが、キャッチャーのリードが悪いと監督に 怒鳴り返されたことだけが大きく違う点だ。 スマイルズの攻撃は流奈の俊足を生かしたバントヒットと寸一の同点ツーラン。他は当然連続三振だ。 五回は風下に打順がまわったもののかすりもせずに三球三振。 4対4のままゲームは六回まで進んだ。 ここでもジャパンデビルズは邪鬼二号が凡退の後、二塁打を放った青鬼を置いて赤鬼の勝ち越しツーラン。 五、六番は凡退だ。 裏のスマイルズは二番監督が三振の後、流奈の打球がフラフラと内野を超えライト前に落ちた。 そして寸一が三打席連続同点ホームランを放った。 赤鬼の剛速球がピンポン球に見えるほど、寸一のバッテングは見事である。 ただ、後続は続くはずもなく三振に倒れ、スマイルズは同点止まりだ。 両チーム二人づつだけが打ちまくる奇妙で白熱したゲームは、6−6のまま最終回(軟式草野球は7イニング制)を 迎えた。両軍七番からの下位打線。 流奈はジャパンデビルズを三者凡退に抑えたものの、スマイルズのバッターも連続三振に倒れた。 こうしてゲームは引き分けとなり、規定により延長戦に突入することになったのだ。 “ゴロゴロゴロ…” 突然の稲光とともに暗雲が空を覆った。 「おや、にわか雨かな…う〜む、ちょうど延長に入ることだし、ここは雷が通り過ぎるまで休憩にしましょう。 再開は一時間後とします!」 審判が宣言し、マウンドやベースにシートがかけられた。 「休憩だってさ! レナッチ…公園内に食堂があるから、お茶でも飲みに行こうよ。スマイルズのみんなも そうするそうだよ!」 「えっ、ええっ、どうしようかな…」 スマイルズの全員がこの場を動けば、貴重品を除き、荷物や道具はこのままベンチに置きっ放しになる。 その間に寸一のバットを確かめたい流奈は逡巡した。 そのときだった…。 「ふっふっふ、いやあ、女の子でありながらナイスピッチングですねぇ〜! 我ら一同驚いてますよ!」 「人間離れしたピッチングだから、どんな顔をしているかと思えば、おやおや、随分とチャーミングなお嬢さんだ。 これでは打てなくなっちゃうなぁ〜、ふっふっふ…」 振り向くといつの間にか赤鬼、青鬼がスマイルズのベンチにまでやって来ている。 愛想笑いをしながら、さわやかなスポーツマンを気取っているが、邪悪な気配をプンプンに臭わせている。 無論、気配を感じ取れるのは流奈だけだ。休憩の間の表敬訪問と見たのか、スマイルズの選手は誰も気にしていない。 風下にしてから、 「いやいや、鬼赤さんのピッチングに比べれば大したことありませんよ!  まあ、僕のリードでなんとか対抗しているようなものですね!」などと放言している。 (ミットを出したところに苦労してボールを投げ込んでいるのに…所長ったら、全く調子良いのだから…。 とにかく、今は我慢しましょう! この場では変身出来ないし、出来たとしてもスマイルズの選手達を 巻き込むことになるから、ことを荒立てたら危険だわ!) そう判断した流奈は笑顔を返すと、恥ずかしがるようにタオルで顔を隠した。 極力、正体を見抜かれたくはない。 「延長戦もお互い頑張りましょう。ふっふっふ、まあ、お手柔らかに…」 赤鬼達は大して気に留める様子もなく、さわやかな言葉を残すと、流奈の前から離れていった。 きょろきょろと周囲を見回しながらベンチを廻り、次々に選手に話しかけ、握手を交わしている。 そして片隅でバットを磨いている寸一の姿を見つけると、赤鬼達は大げさな態度で近づいていった。 「ああっ、師法君! 凄いバッテングだねぇ〜。俺様…いやこの鬼赤は巨体だから飛んで当たり前だけど、 非力そうな君の方がもっと飛ばしている。呆れて投げるボールがないよ!」 「参考までに見せてもらいたいのだけど、どんなバットを使ったら、こんな小さな身体であれだけ遠くに飛ばせるの? いや、センスは真似出来ないけど、バットだけなら真似出来るかも知れないから…」 これだけ大げさに賞賛されたら、誰でも悪い気はしない。 寡黙な寸一でさえ、軽く会釈しながら、バットを差し出した。 「ほおっ、自分のバットと似ているな〜。やはり才能が違うのかぁ〜」とかなんとか言いながら、 青鬼は持ってきた自分のバットと交互に振り比べている。 「おいおい、青鬼…じゃない鬼青! 納得したか? バットではなくセンスが違うのだよ。 さあ、もうそのくらいで良いだろう。大切なバットを師法君に返すのだ」 人の良さそうなスポーツマンを演じる赤鬼は、青鬼を促すと、寸一に改めて笑顔を見せた。 「誰か一人出れば、互いに打順の廻る延長戦が楽しみだな。同点に追いつかれないよう、今度こそオジサンパワーで 打ち取って見せるよ。それではそろそろ失礼するか」 赤鬼達は帽子を脱がずに一礼すると、そそくさと三塁側のベンチへ戻って行った。 柄にも無いフレンドリーな態度には、何か裏がある。 気になった流奈は寸一に話しかけた。 「寸一君…あの、バットを見せたりして大丈夫? 細工されたり…なんてことはないよね?」 「目の前ですから大丈夫ですよ。ただ、偶然ってあるものですね。鬼青選手が同メーカーで同サイズのバットを 使っていたのには驚きました。さあ、それより雨脚が強くなる前に、我々もお茶しに行きましょう!」 「ええっ…」 寸一の言葉にうなずきながら、流奈は首を傾げた。 違う。バットが発する気配が違うのだ。 圧倒的な邪悪な気配がかき消すように消えている。 「あっ、あれっ…このバット、僕のじゃないぞ! 同じだから鬼青選手が間違えたのかな?」 バットを手にした寸一が首を捻りながら言った。 やはりそうだったのだ。 先ほどの柄にもない表敬訪問の目的は、バットのすり替えにあったのだ。 流奈は改めて座り直すと真正面から寸一の瞳を覗き込んだ。 「寸一君…気になるのだけど…。バットに何か秘密があるの?」 寸一はびっくりしたように流奈を見返すと、頭をかきながら言った。 「改まってどうしたのですか? 秘密というほどのことではないけど、実はグリップの中にお守りを 詰めているんですよ。あっ、コルクとかではないからルール違反ではないはずですけど…」 「お守りって、もしかして何かの破片?」 「驚いたなぁ〜。流奈さんは何でも判るのですね! お守りは、先祖代々伝わる鬼の角の破片と言われているものです。 真偽の程は怪しいですけど、効果はそこそこあるのかも知れませんね。確かにこれを詰めてから ホームランが急増しましたから…」 「やっぱり…」 「僕も一旦は不思議に思いました。ただ、チームメイトが使ってもホームランを打てるわけではないので、 所詮は気休めだけのようだし、そう思うことにもしています。お守りに頼っても仕方ないですからね…。 さあ、それよりお茶しにいきましょう。みんな行ってしまいますよ!」 「あっ、私は…そうだ、バットを取り返して来て上げる。先に皆とお茶しに行って!」 「えっ、でも…ジャパンデビルズの連中はもうベンチにいませんよ。それに大切といえば大切だけど、 ただのバットですから…。肌身離さずという部類のものではありません」 「ええっ、でも…。そっ、そう…肩が冷えても困るので、私、お茶は遠慮したいし…」 「判りました。風下さんには伝えて置きます…」 寸一が立ち去るのを見届けると、流奈は空になったジャパンデビルズのベンチへ向かった。 角の破片が埋め込まれていると判ったからには、何としてでもバットを取り返さねばならない。 空は時折閃光を発し、雷鳴がとどろき始めている。雷雲が近づいて来ているのだ。 “ピカッ…ゴロゴロゴロ…” (正義には似つかわしくないシュチュエーションと行動だわ…) 天候に苦笑いしつつも、流奈はベンチに忍び込むと隅にあるバットケースの中を探してみた。 「う〜ん、この中にはないようだわ。もう持ち去ったのかしら?」 そのとき突然ドアが開き、赤鬼と青鬼が飛び込んできた。 青鬼はバットを大事そうに抱えている。 「やっ、誰だ! んっ、誰かと思えば、スマイルズのお嬢さん…。誰も居ないのを見計らって忍び込むとは、 怪しげな振る舞い。ふっふっふ、今さっき健闘を称え合ったばかりなのに、一体、ここで何をしているのかな?」 流奈はスマイルズのベンチを振り返り、誰も残っていないことを確認すると、逆に開き直った。 「貴方が持っているバット…。そう、すり替えたバットを返しなさい! 幾ら、さわやかなスポーツマンを気取っても、 正体は判っているのよ、夜盗鬼族!」 「ぬぬっ、我等の正体を見抜いていたとは…貴様、普通の人間ではないな! 一体、何者だ!」 流奈は赤鬼達を睨みつけながら、グイッと胸を張った。 「うふふっ、こんな可愛い顔を忘れちゃうなんて…。物覚えの悪いところはさすがに三流の悪党ね。 もっとも、盗んだものを返してもらうまでは、何度だって思い出させて上げるけど…」 流奈はにっこり微笑みながら、こめかみに指を当て、眼を閉じて叫んだ。 そして両手を大きく広げると続けて下で交差した。 「ティアラアップッ! …チェ〜ンジッ、ラスキアッ!」 頭上に浮かび上がったティアラから黄金の閃光が放たれ、流奈のコスチュームが純白に赤青ラインのボディスーツに 変化した。 顔には特殊ゴーグルが装着される。ただ、ゴーグルからのぞく瞳は、愛くるしい流奈のものではなく、正義に燃える 流星天使…ティアラヒロイン・ラスキアのものだ。 「流星天使ラスキア参上! 夜盗鬼族、覚悟しなさい!」 ラスキアは軽く腰に添えながら高らかに叫んだ。 「むうっ、ラスキア…。またしても邪魔立てする気だな!」 赤鬼と青鬼は怯えを交えながら呆然としている。 ヒロインの登場は、野球で言えば絶対無比のリリーフエースの登板だ。 完膚なきまでにヒロインに撃破される悪党は、リリーフエースの前になす術も無い弱小打線と同じなのだ。 ほとんどの場合、この時点でゲームの行方は諦めざるを得ない。 ただ・・・。 このときちょうど、サアッと音を立てながら雨がグラウンドに降り注いだ。 雨雲が不気味に輝き、雷鳴を響かせる。 “ピカッ…ゴロゴロゴロ…” 鳴り響く雷鳴とグラウンドを暗く染めていく雨。 ヒロインの登場には似つかわしくない場面。 波乱含みなものになってしまった。 完全無比のリリーフエースが弱小打線に滅多打ちされる光景。 それも無様で屈辱的に打ち崩される場面を想像させてしまうのだ。 それほどまでにこの時の雷鳴は不気味で、雨雲は暗く空を覆っていた。 ***つづく